はじめに

「企業が成長するにはブランディングが大切だ」という言葉をよく耳にします。いわゆるマーケティング戦略の上流に位置づけられることが多い“ブランディング”ですが、とりわけB2Bビジネスにおいては、B2Cビジネスに求められる“製品ブランディング”に対して、“企業ブランディング”の重要性が指摘されるようになりました。

本稿では、“企業ブランディング”について、その成功のカギが“インナーブランディング(社内ブランディング)”にあることを示した上で、“インナーブランディング”と“リスク・インテリジェンス”との分かちがたい関係性についてご説明したいと思います。

企業ブランディングとは何か

ところで“企業ブランディング”とは何でしょうか。“企業ブランディング”について考える前に、そもそも“ブランド”とは何かを押さえておく必要があります。“ブランド”については、その言葉の原義のとおり、およそ以下のような理解をされるのが一般的といえます。

ブランドとは、他との「識別」を与え、差異化につながるトリガーで、個人の主観と、周囲の持つイメージや知識がある程度重なり合う中で成立し、特定のキーワード、イメージ、記号、商品、関係者像までが芋づるのように繋がる記憶・連想の束のことである

そしてこの“ブランド”を望ましい意味内容に方向づけることを“ブランド・マネジメント”といいます。

ブランド・マネジメントとは、どのようなステイクホルダーとの間で、どのような効果を期待するかを予め定めた上で、そのために、ステイクホルダーとブランドの接点となる商品、経営者の言動、日々の社員の振る舞い、および、メディアやSNSなどの「コンタクトポイント」を通じて、よりよい心証を抱いて貰えるような経験を産み、維持することである。

 その上で“ブランド・マネジメント”を行う主体と、その主体について周囲が抱くイメージや心証との間には往々にしてズレが生じるため、このズレに当該主体が気づき、必要に応じて修正作業を行うことが重要となります。

こうしたマネジメントに沿って能動的にかつ現在進行形で活動する営みのことを、“ブランディング(brand-ing)”と定義するのが太宗です。そして、特定の製品ではなく、企業の構成要素全体を対象としたブランディングが、すなわち“企業ブランディング”となります。

インナーブランディングの重要性

“企業ブランディング”が、社外のさまざまなステイクホルダーに対して行う「自社の価値」をめぐるイメージ発信とその定着を意味することから、まずは自社の価値、すなわち「自分たちは何者であるか」について、社内的統一を図ることが先決となります。この作業を“インナーブランディング(社内ブランディング)”といいます。

インナーブランディングとは、自社らしさとは何か、自社の強み(コアコンピタンス)は何か、そのことを各所属員が認識し、腑に落ち、明確な表現を以て自分ゴトとして捉え、それらを実現するために社の一所属員である自分に何ができるのかを徹底的に考え続けるために社内で討議を重ね、その結果を社内に浸透させることである。

「インナーブランディング」の醸成、そして、いったん醸成され浸透した自社ブランドの理解と実践を維持するための不断の仕掛けを社内で起こすことは、会社の規模や業種、業態、ステージ(創業期、成長期、成熟期、変革期)また四囲を取り巻く環境にかかわらず、「企業ブランディング」を試みる際の最優先事項です。

とくに、「変革期」における「インナーブランディング」では社内の抵抗勢力等の壁が立ちはだかります。

今から20年ほど前の日本のある大手総合商社での出来事です。この会社は、従来のビジネスモデルが頭打ちをする中、その成長戦略を抜本的に見直す必要性に迫られ、現在のような投資会社にコーポレートアイデンティティーを転換しようとしました。そして想像通り、社内では、そうした転換に抵抗を示す「現状維持派」と新規事業に活路を見出す「改革派」との間の深刻な断絶が生じました。

そこで、その会社では、本社はもちろん、グループ企業の社員も含めた総勢約500人から「各人が思う自社のコアコンピタンス」について丁寧にヒアリングを行い、そこで炙り出された共通認識を経営陣と徹底的に擦り合わせました。当時、この会社のブランディング責任者を務めた人物は、こうした作業を丹念に進めた上で、「自分達は何者であるか」について、まとまった広告予算を投じて社外に発信したことで、「より一層、社内のグリップが効いた」と振り返っています。

インナーブランディングを欠く企業は「コンプライアンス違反」?

「インナーブランディング」が醸成・維持されていない会社では、社外のさまざまなステイクホルダーが求める期待や要望に組織として向き合う際にも、所属員各々の一方的な思い込みや思惑で情報を恣意的に「インプット」する恐れが生じます。そしてその結果、社外の誰も欲しない「アウトプット」を産みかねないリスクを孕みます。

そうした「アウトプット」は、各ステイクホルダーへの訴求力に欠けるばかりか、時には不快感や不信感をも与えかねません。ここでいう「アウトプット」とは、必ずしも企業が提供する商品に限りません。そこにはその企業を連想させる特定のキーワード、イメージ、記号、関係者像なども含まれます。優れた商品を提供していても、不祥事や悪評によって企業イメージが毀損され、結果的に顧客が遠のくといった事例は後を絶ちません。

相手が求める期待や要望にマッチしていない「アウトプット」を産むことは、すなわち相手の求めに応じて(comply)いないことになり、言葉の本来的な意味における「コンプライアンス違反(non-compliance)」との誹りを免れないといっても過言ではありません。

裏を返せば、適切な「インナーブランディング」を達成し、その状態を維持している企業は、自社の「企業ブランディング」に大方、成功しているということができます。

リスク・インテリジェンスの視点

ところで「インテリジェンス(intelligence)」という言葉があります。その意味するところは「知性」や「理解力」といった広義の括りがある中、たとえば国際政治やビジネスの世界では、「特定の目的のために整理・加工された情報」を指すことが多く、国家の安全保障や企業の経済活動における意思決定に欠かせない情報活動とされています。

専門的には、論じる人や、論じる背景によってさまざまな定義が与えられる「インテリジェンス」ですが、以下がその最大公約数ということができます。

インテリジェンスとは、特定の目的のために、膨大な情報の中から、断片的であれ確度の高い情報を精選した上で整理し、多角的・多面的に分析するプロセス、機能、あるいはその成果物を意味する。

上記でいう「特定の目的」とは、インテリジェンスを求める主体(クライアント)の要求を指します。とりわけクライアントの要求に、なんらかのリスク回避の要素が含まれている場合、インテリジェンスを提供する側に求められるのは、考え得るリスクを先読みし、その具体的内容を精査し、適切な回避・低減策を提供することとなります。こうした作業は「リスク・インテリジェンス(risk intelligence)」と呼ばれることがあります。

また、わざわざ「リスク・インテリジェンス」と言わずとも、「インテリジェンス」そのものに、「リスクがそもそもあるか否かを探知する能力、そしてリスクがあった場合にそれに対する対応力」という意味が込められているとして、リスクの探知能力とそれへ対応力こそが真の意味での「インテリジェンス」だと捉える識者もいます。

リスク・インテリジェンスとしての企業ブランディング

いずれにせよ、企業ブランディングを考えるにあたって、こうしたリスク・インテリジェンスの観点は、いくつかの重要な示唆を与えてくれます。

企業ブランディングには「プラス価値の付与・増大」と「マイナス価値の回避・予防」という2つの側面がある
「プラス価値」とは「自社らしさ」「自社の強み(コアコンピタンス)」などを指し、インナーブランディングを通じて社内に浸透・定着させる必要がある
「マイナス価値」とは企業の実態と社外のステイクホルダーが求める期待や要望とのミスマッチを指し、結果的に、その企業の商品・サービスへの訴求力の低下や、企業自体の信頼や評価の失墜をもたらす
一般に「企業ブランディング」といった場合、「プラス価値の付与・増大」に目が行きがちで「マイナス価値の回避・予防」は等閑視されやすい
しかし、いったん企業が「マイナス価値」を帯びると、その払拭・挽回には多大な時間とエネルギー(金銭・労力)を要し、場合によっては再起不能になりかねない
したがって企業としては「プラス価値の付与・増大」もさることながら、「マイナス価値の回避・予防」に注力する必要がある
つまるところ「企業ブランディング」とは、これら2つの側面における不断の取り組みに他ならない

上記では「プラス価値」と「マイナス価値」を対比して述べましたが、このうち「プラス価値」についても、いつなんどき「マイナス価値」に転じるかもしれません。たとえば企業の役職員が「自社らしさ」あるいは「自社の強み(コアコンピタンス)」を充分理解していると思い込み、社外のステイクホルダーが自社をどう見ているかを定期的にチェックしていない場合、ステイクホルダーが求める期待や要望とのミスマッチは容易に生じ得ます。

また「マイナス価値」についても、その意味する具体的内容は時代や場所によってさまざまです。言いかえれば、リスク・インテリジェンスにおいて、先読みすべきリスクの意味内容は、個別具体的な文脈に即して、ケースバイケースで適切に精査される必要があります。財務、法務などのデューデリジェンスではこぼれ落ちがちな、コンプライアンス面でのリスク、そして最近では地政学、経済安全保障そして人権・環境をめぐるリスクも蔑ろにされるべきではないでしょう。

これらのリスクは実体が簡単に把握しにくいものの、いざリスクが顕在化すると、企業が被る被害は甚大なものとなりえます。それだけに、精緻な分析にもとづく予測と予防が何より重要となります。リスクの先読みに必要なのは、「ちょっと変だな」「何か違和感がある」という「心のアンテナ」です。この「アンテナ」に反応したものが一体何なのか。それを丹念に解明していくことがインテリジェンスの要諦といえるでしょう。

「守り」だけでは勝てない ―― リスク最小化と機会最大化のブランド戦略

本稿では、インテリジェンス・カンパニーである当社ならではの視点から「企業ブランディング」のあるべき姿について考察しました。

機会とリスクの両面から捉えた動的な営みとしての「企業ブランディング」は、まずは適切な「インナーブランディング」から着手すべきものであること、そして、この「インナーブランディング」には、「自社らしさ」「自社の強み(コアコンピタンス)」の策定とその社内理解の統一が不可欠であること、それと同時に、コンプライアンス面でのリスク、また地政学、経済安全保障、人権・環境等の「新しいリスク」の精査を通じた自社への「マイナス価値の回避・予防」が等しく重要であること、などがポイントとなります。

「スポーツでもそうだが、攻撃に対して防御を続けているだけでは必ずどこかでミスが出て負けてしまう。そして能動的な対応で未然に防ぐ手段は個社ではできない。何故なら、めまぐるしく変化する情報収集や分析、被害予測は内部のリソースだけでは対処不可能であるから」。

上記は、サイバーセキュリティー分野におけるある日本での第一人者の言葉ですが、「企業ブランディング」に取り組む企業にとっても状況は変わりません。企業のブランド力向上は、リスクの最小化と機会の最大化という、「守り」と「攻め」の両面から戦略的かつ継続的に取り組む必要があります。その意味で、企業ブランディングと企業インテリジェンスは表裏一体の関係にあるといえるでしょう。