はじめに:なぜ今、「ビジネスと人権」への対応が急務なのか
グローバルなサプライチェーン上では、国や地域における多様な事情が、企業の「ビジネスと人権」に関する課題として顕在化することがあります 。現在、EUでの企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)などの法制化や、投資家からの厳しい視線を背景に、人権尊重の取り組みは単なるリスク管理に留まりません 。企業のレジリエンスと持続的な価値向上に直結する「攻めの経営課題」へと変化しています 。
本稿では、世界で実際に起きている人権リスクの最新事例を紐解き、日本企業が直面する「人権デューデリジェンス(人権DD)の壁」とその解決策について解説します。
1. 世界で指摘される「ビジネスと人権」リスクの最新事例
自社の直接的な事業範囲を超えて、サプライチェーンの末端や投資先、さらには事業撤退後にまで責任が問われるケースが増加しています。NGOやメディアが指摘した近年の代表的な事例をカテゴリ別にご紹介します。
カテゴリA:労働搾取とサプライチェーン末端の死角

マレーシア:ゴム手袋製造における外国人労働者の強制労働疑惑
マレーシアのゴム手袋製造大手Mediceram社において、バングラデシュ人労働者らが過酷な労働環境や賃金未払い、パスポート没収といった「強制労働」を訴え、抗議デモを行う事態に発展しました 。同社は多国籍企業へ製品を供給するサプライヤーであり、国際的なESG基準を掲げる供給先の多国籍企業に対しても、国際社会から厳しい目が向けられています 。 (画像はイメージです) 出典元の記事
米国:水産物供給網における強制労働訴訟継続へ
4 人のインドネシア人漁師が Bumble Bee Foods(バンブルビー・フーズ社)を相手取り、マグロ供給網における強制労働を理由に、訴訟を起こしました。この訴訟は、米国の人身取引被害者保護再授権法(TVPRA)に基づいたものであり、原告は、同社のサプライヤーである中国籍漁船において、身体的な虐待や監禁、不当な長時間労働といった「現代奴隷」に等しい過酷な扱いを受けたと主張しています。これに対してバンブルビー・フーズ社は、自社は直接の雇用主ではなく、強制労働の事実を知っていたという証拠もないとして、訴訟を却下するよう裁判所に求めていましたが、裁判所は、同社が直接の雇用主でなくても、供給網内の強制労働の蔓延を防ぐ適切な措置を怠ったとして、訴訟の継続を認める歴史的な決定を下しました 。
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韓国:建設業における下請け支払い遅延と労働争議
韓国の建設大手、富栄グループの関連会社が下請け業者への支払いを遅延させた結果、現場労働者への賃金未払いが発生し、労働者が抗議デモを行う事態に発展しました。 同グループは、深刻な少子化対策として「社員の出産1人につき1億ウォン」を支給するなどの社会貢献活動を展開し、イメージアップに成功していました。しかしその華やかなPRの裏側で、建設現場を支える労働者の権利が脅かされている現状は、深刻な人権侵害として捉えられています。元請け企業としての連帯責任や、ステークホルダーへの責任が厳しく問われています(詳細は出典元の記事をご参照ください)。(画像はイメージです )
カテゴリB:環境破壊・気候変動に伴う人権侵害
スイス:事業撤退後も問われる気候変動の法的責任
インドネシア・パリ島の住民が、スイスのセメント大手Holcim社に対し、気候変動による海面上昇や洪水被害の賠償を求めて提訴しました(参考:インドネシアの島民4人がスイスのセメント大手を訴えたニュース記事、本訴訟を支援するHEKS/EPERの記事)。 注目すべきは、同社がすでにインドネシア事業から撤退している点であり、「事業撤退後も過去の排出責任が問われる」現実を示しています。
インドネシアは気候変動の影響を強く受けており、海面上昇による海岸線の変化や豪雨による洪水、土砂崩れが頻発しています。2025年は特に災害が多発し、11月以降、スマトラ島で発生した洪水や地滑りにより、1,000人以上が死亡、200人以上が行方不明となり、数百万人が被災しました。インドネシア国家防災庁のデータによると、同年の災害発生件数は3,133件に上り、少なくとも1,530人が死亡、1,030万人が国内避難を余儀なくされ、18万6,000棟以上の住宅や公共施設が損壊しました。先住民族や地域社会が守ってきた土地を追われ、生活の糧(漁業・農業)や文化的つながりを失う危機に直面しており、先住民族・地域社会の権利を深刻に脅かしています。

ブラジル:合弁企業による「土地収奪」疑惑への抗議
スウェーデンの林業大手Stora Ensoの本社が、環境活動団体によって占拠されました 。ブラジルで展開する合弁企業が、先住民族からの土地収奪や環境破壊に関与しているという指摘であり、現地企業に操業を委ねている場合でも、委託元が厳しい批判の対象となることを示しています 。 (画像はイメージです)
リベリア:認証機関の決定に対するNGOからの反発
環境・人権団体が、持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)に対し、パーム油生産会社GVL社への作業停止命令の再適用を要請しました 。国際的な認証機関の決定であっても、地域コミュニティの合意形成等の実態と異なると判断されれば、親会社や調達企業を含めてNGOから強く非難されるリスクがあります 。
Friends of the Earth (FoE) U.S.のWEBサイト
約70の環境・人権団体は、持続可能なパーム油のための円卓会議(Roundtable on Sustainable Palm Oil(RSPO))に作業停止命令を再度適用するよう要請した原文
カテゴリC:プラットフォーム事業者・機関投資家の責任
・プラットフォーム事業者に対する予防的措置の要求(Amazonの事例)
人権団体がAmazonに対し、第三者販売業者が扱う製品の強制労働リスク等に焦点を当て、サプライチェーン全体での人権DD強化を要請しました 。EUの新規則下において、事後対応ではなく予防的な管理体制の構築が不可欠となっています 。
人権団体 Global Rights ComplianceがAmazonに要請した記事
・機関投資家へのエンゲージメント圧力(コンゴ民主共和国の事例)
金融監視団体が、Allianzなどのオランダの主要年金基金に対し、コンゴの銅山で報告されている人権侵害や環境汚染に関して、投資先企業への圧力を強めるよう要請しました 。直接の事業運営者でなくとも、投融資先に対するエンゲージメント(対話・働きかけ)の責任が求められています 。
オランダの金融監視団体である Eerlijke Geldwijzerが要請した記事
2. NGOやメディアの指摘から見えてくる日本企業への教訓
これらの事例から読み取れるのは、バリューチェーン上の「目が行き届きにくい場所」で起きた問題が、元請け業者や製品供給先企業のブランド価値を大きく損なうという事実です 。
直接の取引先の人権状況の把握も容易ではない中、さらに上流の状況まで完全に把握することは困難を極めます 。しかし、ひとたびNGOやメディアから問題を指摘された際、自社の人権DDの取り組み方針や実績を説得力を持って説明できなければ、法的な手続きや主要市場からの締め出しに発展するリスクすらあります 。
日頃から潜在的な人権課題の特定や、優先対応国・地域におけるライツホルダー(権利主体)へのヒアリングなど、できるところからPDCAを回していくことが肝要です 。
3. データが示す、人権DDの「社内効果」
人権DDは「守り」や「コスト」と捉えられがちですが、実は組織内部の健全性を高める効果が非常に高いことがデータで証明されています。
日本貿易振興機構(JETRO)の調査によると、人権DDに取り組んだ企業が実感した効果として、最も多かったのは「社内の人権リスクの低減(77.2%)」でした 。次いで「企業イメージ・ブランドイメージの向上(36.3%)」「サプライヤー側の人権リスクの低減(25.7%)」と続きます 。 人権対応は、予期せぬリスクから自社を守り、従業員エンゲージメントを高めるための有力な「人的資本投資」でもあるのです 。
4. 多くの企業が直面する「人権デューデリジェンスの壁」
人権尊重の重要性は理解しつつも、実務においては多くの企業が「壁」に直面しています 。
現在、多くの企業がサプライヤーへの自己評価アンケート(SAQ)を中心に人権状況の確認を行っています 。しかし、これには以下のような限界が指摘されています。
- 依頼側・回答側双方の膨大な作業負担
- 回収率の向上が目的化(KPI化)してしまいがち
- 回答者が工場等の管理者に偏り、人権侵害を直接受ける「ライツホルダー(被害者)」の生の声が反映されにくい
国内外に広がる広範なサプライチェーンの中から、「どの国・地域、どの原材料に深刻な人権リスクが潜んでいるのか」を客観的に特定し、優先順位付けを行うことは、SAQ単体では困難です 。

5. JPR&Cのインテリジェンスが実現する、客観的な人権リスク評価
この「人権リスクの特定・評価」という最初の壁を突破するために、株式会社JPリサーチ&コンサルティング(JPR&C)は、日系インテリジェンスファームとしての強みを活かした「人権リスク調査レポート」を提供しています 。
当社のソリューションは、既存のSAQの限界を補完し、以下のような価値を提供します。
- 市民社会(NGO)の生の声を可視化: 世界約15,000のNGOや約3,500のニュースメディアの情報を常時モニタリング。SAQでは見えづらい「市民社会からの生きたリスク情報」を分析し、ライツホルダーの視点を反映します 。
- 客観的なリスク評価と優先順位付け: 収集した膨大な情報をもとに、国・業界・原材料における人権課題を「深刻度」と「発生可能性」の観点からスコアリングし、優先的に取り組むべきリスクマップとして可視化します 。
- 第三者調査による客観性の担保: 独立したインテリジェンスファームによる分析を活用することで、人権DDプロセスの透明性を高め、ステークホルダーへの説明責任を強力にサポートします 。
人権リスク調査レポート(一部イメージ)

企業の人権尊重への取り組みは、待ったなしの状況です。スモールスタートからでも、客観的な情報に基づく人権DDに取り組むことが、企業のブランド力とレジリエンスの向上に繋がります 。自社の人権DDやサプライチェーンリスクに課題を感じている方は、お気軽にご相談ください。
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