2025 年に経営者の引退がピークを迎える中、中小企業の約半数で後継者が未定という「2025 年問題」が深刻です。対策が思うように進まないとなった場合、多くの企業が廃業に追い込まれ、約 650 万人の雇用と約 22 兆円の GDP が失われる可能性が指摘されていたこともありました。特に、財務状況が良好な「黒字企業」の廃業も半数を超えており、貴重な技術やノウハウの喪失が日本経済にとって大きな課題であるといえます。
はじめに
2025 年のいま、団塊の世代である経営者が 75 歳以上の後期高齢者に達し、引退のピークを迎えているとされます。中小企業庁の試算(2019 年時点)では、2025 年までに平均引退年齢である70 歳を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約 245 万人、そのうち約半数の 127 万者が後継者未定とされ、そのまま対策が進まなかった場合、多くの企業が廃業を選択せざるを得ず、2025年までの累計で約 650 万人の雇用と約 22 兆円の GDP が失われる可能性があると警告していました。これは「2025 年問題」と呼ばれ、日本経済全体の大きな課題との指摘があり、特に深刻なのは、廃業する企業のうち約半数が黒字廃業の可能性があることも示唆されていたものです。
参考ですが、総務省と経済産業省が公表した『令和 3 年経済センサス 活動調査』(2023 年 6 月27 日)のデータによると、2021 年 6 月 1 日時点における中小企業数は 3,364,891 社と、全企業数3,375,255 社の 99.7%にあたり、日本の従業者の約 7 割が中小企業で雇用されています。その中小企業のうち、小規模事業者の企業数は 285 万社超(84.5%)存在していることからも、中小企業の動向が日本経済に直結することは紛れもない事実であるといえます。
信用調査会社の帝国データバンクが 2025 年 1 月に発表した『全国企業「休廃業・解散」動向調査(2024 年)』によると、2024 年(1 月-12 月)の休廃業・解散動向において、“休廃業する直前期の決算で当期純利益が「黒字」だった割合は 51.1%となり、集計を開始した 2016 年以降で過去最低”という結果でした。黒字廃業の割合は減少傾向にあるものの、依然として全体の 5 割を超える水準で推移している状況です。しかも、“2024 年に全国で休業・廃業、解散した企業は 6 万 9019件に達し、前年から約 1 万件・ 16.8%増加し、2016 年以降で最多件数を更新”している状態にあります。
以上のように、日本全体で休業・廃業、解散する企業数は年々増加の一途をたどっていて、そのなかでも中小企業(小規模事業者を含む)の経営者高齢化に伴う廃業が問題視されている様子が窺えます。後継者が見つからずに廃業を選択せざるを得ない企業が増加していることは、長年培われてきた貴重な技術やノウハウが失われることを意味し、日本経済にとって大きな損失といえるでしょう。日本が持続的な成長を遂げるためには、これら中小企業の活力をいかに引き出し、支援していくかが極めて重要な鍵となります。
中小企業で表面化している後継者不足問題が、日本の経済・社会にとって喫緊の課題といえる昨今、政府が税制、補助金、相談体制の整備など、事業承継にかかる多角的な支援策を講じてい
るほか、金融機関や自治体においても中小企業の事業承継問題に対し実効性のあるサポート体
制を構築している実態があります。
そこで本リポートでは、日本国が抱える“中小企業の事業承継問題”にフォーカスして、JPR&C の調査員の視点から、その問題解決に向けた取り組みの現状について考察していきたいと思います。
中小企業の事業承継
近年、経営者の高齢化や後継者不足により、多くの中小企業が事業承継の課題に直面している現状において、その解決策の一つとして M&A(第三者承継)が注目されています。そのような中、M&A 支援業者に関する知識が乏しい中小企業が不利益を被るようなトラブルも懸念されていた背景から、2021 年 8 月、中小企業庁は中小企業が安心して M&A に取り組める基盤を構築するため、M&A 支援機関に係る登録制度(M&A 支援機関登録制度)を創設しました。この制度が導入されたことにより、中小企業は M&A にかかる費用負担を軽減することができるような体制が整えられました。また、事業承継・引継ぎ支援センターとして、国が事業承継に関する相談窓口を全国の都道府県に設置したことで、後継者不足などに悩む中小企業経営者への第三者承継(M&A)の意識が浸透してきた状況にもあります。事実、独立行政法人中小企業基盤整備機構が公表した事業承継・引継ぎ支援センターの 2023 年度利用実績によると、相談者数は 2 万 3,722 者(前年度比106%)、第三者承継(M&A)の成約件数は 2,023 件(同 120%)で、いずれも過去最高を記録したといいます(日本商工会議所ニュースリリースより)。また、同機構によれば、“以前は親族内での承継が全体の 9 割以上を占めていたが、近年は親族外が 3 割を超えている”とのことであり、中小企業における経営者の高齢化や後継者不在を背景に第三者への事業承継が定着しつつある様子が窺えます。
中小企業のなかでも、小規模事業者は地域にとって大切なプレーヤーであることも少なくない一方、事業規模から一般的な M&A(合併・買収)の対象になりにくい側面があるのも事実です。ただ、小規模事業者だからといって、一律 M&A 候補となり得ないというわけではありません。今日、自社の事業拡大、新規事業への参入、経営資源の獲得、シナジー効果の創出、競争力強化などを理由に M&A を検討する企業のほか、成熟企業に対し経営改革や事業再編を通じて企業価値向上を目指した投資(出資)を検討する PE ファンドなども増えています。また、中小企業が後任者不在を背景に事業承継(M&A)をおこなうケースが年々増加している実態も、弊社へのご相談案件の増加が裏付けています。

実際に、帝国データバンクが 2024 年11 月 22 日に発表した『全国「後継者不在率」動向調査(2024 年)』においても、“事業承継で「脱ファミリー化」が加速、後継候補に「ベテラン」求める志向が強まる”として、▼これまで身内の登用など親族間承継から社内外の第三者へと経営権を移譲する動きが加速していること、▼2024 年は買収や出向を中心にした「M&A ほか」、社外の第三者を代表として迎える「外部招聘」など、社外の第三者を経営トップとして迎え入れる事業承継の割合増加傾向が続いたこと――が示されています(上記図(『全国「後継者不在率」動向調査
(2024 年)より)参照)。
また、調査会社レコフデータ調べでは、2024 年(1-12 月)の日本企業の M&A は前年比 17.1%増の 4,700 件で過去最多を更新したという情報もあります。海外勢との競争激化で規模拡大が求められ、上場企業の案件は全体の約 3 割を占めた一方で、経営者の高齢化を背景に、事業承継の M&A も 32.5%増の 918 件で最多を更新しました。
このように、日本において、M&A を活用した事業承継が官民の後押しを受けて勢いが増している(事業承継というシーンにおいても、売り手・買い手双方の M&A に対する意識が高まっている)状況にあるといえます。
M&A を活用した事業承継のポイント
ところで、M&A を活用した事業承継では、中小企業の後継者問題に対する有効な解決策となる一方で、事前の調査や準備が不十分な場合、深刻なトラブルに発展するケースがあります。特に、買収後に売り手企業の“隠れた問題”が発覚し、買い手側が想定外の損失や負担を被る事例が典型的といえます。
そのような折、M&A 対象先との取引適切性把握のため、JPR&C の主要サービスの一つである【Risk Due Diligence®(リスク・デューデリジェンス®)】をご活用いただく機会が増えています。対象企業の見えざるリスクを洗い出し、リスクマネジメント(主にコンプライアンス面にフォーカス)を早い段階で行うことが標準になりつつあります。
“隠れた問題”に関連するケーススタディ
創業家一族が絡んだトラブル
地方で長年事業を営んできたメーカーにおいて、高齢社長の子供に承継の意思がなく、先代から引き継いだ会社への思いや従業員の将来を考えて大手企業への M&A を決断。基本合意が締結されデューデリジェンスが進行するなか、社長親族である先代妻や株主が感情的に反対を申し出。買収後において、経営に親族が介入してくるリスクが顕在化した(想定できた)事例。
事業承継の M&A では、意思決定権を持つ社長だけでなく、株式を保有する親族や、経営に影響力を持つ可能性のある人物(会長、相談役など)への事前根回しが不可欠であることは周知の事実かと思います。事前にそれらキーマン(主要人物)に関する情報収集を実施することで、買収スキームや買収後の円滑な事業運営につなげることができたかもしれません。
キーマン(経営者)の金銭問題にかかるトラブル
事業承継にかかる M&A の表明保証において、「会社に影響を及ぼす可能性のある偶発債務や個人的な保証は存在しない」と申告していた売り手であるオーナー経営者が、縁戚にあたる別会社の経営者の求めに応じ、個人的にその会社の借入に対する「連帯保証人」になっていたことが、訴訟情報から発覚。売り手会社とは直接関係のない、経営者個人の行為ではあるものの、買い手側に対し虚偽申告をおこなっていた事実が判明した事例。
経営者個人の債務保証は会社帳簿には記載されないため、発見が非常に困難です。デューデリジェンスの過程で、経営者本人への詳細なヒアリングを実施するほか、事前の準備として第三者調査期間などを利用して、個人の「オフバランス」情報にまで踏み込んだ情報収集が不可欠でしょう。
取引先を介したコンプライアンス問題の発覚トラブル
事業承継を検討していた中小企業の M&A において、売り手会社の取引金額や取引年数を考慮した主要取引先について調査をおこなった。その結果、仕入先として主要取引相手であった会社に関する、不透明なリベートの実態があったことを報じる記事情報が確認されたことに端を発し、対象企業(売り手)の経営者も当該不正に関与していたことが判明した事例。
特定の取引先への依存度が高い場合、その関係性が公正なものか、デューデリジェンスで深く検証する必要があります。契約書だけでなく、過去の取引価格の推移や、その取引先と役員まで踏み込んで調査することが望ましいと考えます。経営者など役員による不正は巧妙に隠されていることが多く、専門的な知見を持った第三者機関を起用することも有効策といえます。
以上のような事例を鑑みれば、M&A を活用した事業承継を成功させるためには、特にコンプライアンス面に着目した「事前の情報収集」の徹底は避けては通れない極めて重要なプロセスといえます。かつては「法令遵守」と訳されることが多かったコンプライアンスですが、現代ではそれに留まらず、社会的な規範や倫理観に基づき、公正・公平に業務を遂行するという、より広い意味合いで捉えられています。後継者不足が深刻化し、M&A による第三者承継も増加する中、コンプライアンス体制の不備は、円滑な事業承継を阻害する大きなリスクとなり得ます。事業承継におけるコンプライアンスの観点を軸にした予備調査は、単なるリスク回避策ではなく、後継者が安心して経営に専念できる環境を整え、企業の持続的な成長を可能にするための「未来への投資」にほかなりません。
最後に
承継(継承)という話に関連して、紀元 1 世紀の末から 2 世紀にかけて最盛期を迎えたとされるローマ帝国について少し触れたいと思います。ローマ帝国は 1 世紀の末から 2 世紀にかけて即位した 5 人の皇帝(五賢帝)の時代に、ローマ帝国始まって以来の繁栄(領土の最大化)を迎えました。この繁栄の要因について、『ロ-マ五賢帝』(南川高志氏著)は「紀元 2 世紀前半には帝国統治のシステムが安定するとともに公職就任順序が整備固定化されて、身分と階層の構造を持つ伝統的なローマ社会が供給する人材を、帝国統治に安定的に組み入れることができるようになった。また、それと同時に、保守的な価値観念に対立しない程度に温和な形で、新しい活力ある人材を登用することもできた。伝統と現実との双方にうまく適応したシステムが出来上がり、機能していたのである。このことが、諸皇帝が政治支配層を掌握し得たこととならんで、五賢帝時代の政治的安定と繁栄を支えていた」と論じています。これは、――五賢帝時代のローマ帝国が安定して栄えたのは、身分や家柄といった伝統を大切にしながらも、実力のある新しい人材をうまく取り入れることで、伝統と現実のバランスに優れたシステムが上手く機能していたから――ということでしょう。
古くから承継(継承)というおこないは、単なる権力や財産の受け渡しに留まらず、国家の安定、文化の維持、そして時には大きな動乱の引き金となるほど重要な役割を果たしてきたことがわかります。
現代における承継(本稿でいう中小企業の M&A を活用した事業承継)においても、伝統や文化を継承したいと考える売り手側へのサポート(システム構築)が段々と進み、国の後押しもありM&A による中小企業の事業承継が注目を集めている今、日本経済成長のため事業承継型 M&Aが活気づいている局面にあることが窺えます。また、中小企業の後継者不足(事業承継問題)の解決策の一つとして、M&A が急速に活用され、中小企業としても単なる「身売り」といったネガティブなイメージが払しょくし、企業の価値ある事業と従業員の雇用を守るためのポジティブな経営戦略として認識されるようになってきています。そのような時代であるからこそ、買い手・売り手双方にとってより効果的な M&A を遂行するため、的確な観点を捉えた“情報収集”を実施することが、これからも重要性を増していくでしょうし、日本経済のさらなる飛躍のため、そうなっていくべきだと考えています。
5 人の皇帝(五賢帝)
96 年-98 年 ネルウァ/98 年-117 年 トラヤヌス/117 年-138 年 ハドリアヌス/138 年-161 年
アントニヌス・ピウス/161 年-180 年 マルクス・アウレリウス・アントニヌス