はじめに
調査は「ブラックボックス」ではない
新規取引やM&A、あるいは重要人事を進める際、対象企業・人物の「リスク調査」を外部へ委託することは、現代の経営において一般的なプロセスとなりました。しかし、発注側からすれば「調査会社は具体的に何を見て、どう判断しているのか」は、一種のブラックボックスに見えるかもしれません。 本稿では、JPR&Cのアナリストが実際の調査において重視している視点と、ご依頼から報告に至るまでの思考プロセスの一端を公開します。
Step 1:なぜ「懸念点」を深くヒアリングするのか
「精度の高い調査をするための共同作業」として必ず踏むステップが2つあります。第1のステップは、お客さまが「現時点で感じられている懸念、注目している事項」についてお伺いするということです。これはお客さまの抱いている懸念を解消し、注目されている情報を提供することが当社の使命であり、『より良い報告書』をご提供する上で最も大切な要素と考えているためです。そのためにもコンサルティング担当者との対話にじっくり時間をかけていただきます。
第2のステップは、調査対象となる法人(あるいは個人)は概ね事業体(あるいはその関係者)であることから、その「ビジネスモデル」を把握するということです。
あらゆる事業体は、何らかの役務・物品を他者に提供することでその対価を得てビジネスを成立させています。一般的には、営業⇒生産⇒納品⇒対価獲得の流れについて、個別企業ごとの特徴を捉えて「ビジネスモデル」とすることもありますが、本稿では、商売の流れ、つまり事業体が存続するための活動全体を「ビジネスモデル」と呼ぶこととします。
Step 2:実態把握の核心「ビジネスモデルの解像度」
調査員は、そんな「ビジネスモデル」のどこに着目しているのか?
筆者個人の場合、「それで事業体の活動が継続し続けられるかどうか」に注目します。与信管理の領域にも通じますが、その財を提供することで以下のポイントが成り立つかどうか、という見方です。
- JPR&C流・リスク判定「4つのチェックポイント」
- ① 経済合理性: 他社と比較して不自然な利益が出ていないか
- ② 生産背景: 実際にモノを作る設備・場所はあるか
- ③ 資金背景: その事業を回すカネはどこから出ているか
- ④ 人的資源(重要): 「ノウハウを持ったキーマン」がいるか
まず①について。同じ“財”を扱う他社が存在する場合、市場価格や利益状況、会社の営業年数などを確認することで、ある程度、調査対象企業が「まともかどうか」を判断できます。その“財”を扱う分野で相応の市場が形成されており、不均衡な取引が是正される環境があれば、調査対象の「ビジネスモデル」はおおむね「及第点」をクリアしているとみなすことができます。
次に②は、“財”を生み出すための設備、つまり生産手段を持っていること。この点を確認するには、大手民間信用調査会社の調査レポートを参照いただくことが最も簡単で間違いの少ない方法です。かの大手調査会社は、担当調査員に直接現地を訪問させたり、金融機関や取引先にもアプローチをしたり、蓄積している社内データを使って検証作業を行っており、調査対象企業が架空の回答を行おうにも、なかなかハードルが高く、必ずどこかでほころびが見つかるようになっています。
③については、運転資金を十分に確保するには、役員らの資産背景や、出資者の把握が必要となります。仮にこれらを持っていなければ、外部調達に依るしかないわけですが、ノウハウ獲得経緯の説明すらできない会社にとって、それが極めて困難なことは言うまでもありません。
④当社では、「ノウハウを持った人材の有無」を重要な観点として持つようにしています。事業参入時、初めての仕事であれば誰でも初心者であるところを、仮に調査対象企業の営業年数が数年程度にも関わらずスムーズな滑り出しをしている場合、業界経験の豊富な役員や従業員が存在し、さらに営業ルート自体を有していることが窺えます。ところが、不審な企業の場合にはこうした人物が社内にいなかったり、「業界初」を謳っていたり、ノウハウ獲得経緯の説明がつかない、あるいは曖昧な説明しかできないケースがほとんどです。
以上、調査員が調査対象法人(個人)を見る上で、着目する最重要の視点を整理いたしました。極論ですが、不審な企業の99%は、前項に示した太字下線部の要素のどれかに破綻が見つかります。例外的な1%は、「従来はまともな会社だったが、経営権や実質支配者の立場を他者に握られてしまった会社(個人)」ですが、このケースについては、会社の経営が変調を来した時期が明確にわかることが多く、“従来”を知っている取引先や人物に変化の有無について話を聞くことで、簡単に見極めることができます。
これらの各要素に関する事実確認に加え、過去の違法行為への関与や、反社会的勢力との関係関与が存在しないかを、公開情報の精査と弊社内に蓄積したデータとの照合などを通じて洗い出し、さらにこれらの情報分析により導かれた仮説を検証するために人的関係を追跡し、リスク要因を網羅的に洗い出していきます。
もちろん上記の要素をより細分化し、解像度を上げて観点の不足や検証に矛盾がないかを確認したり、公開情報で不足する業界慣習や認識の違いを把握したりするために、各方面の有識者や業界関係者から情報収集を行っております。
こうした一連の作業について、当社はこの分野のプロフェッショナルと呼ばれるに値するノウハウを過去15年の調査実績を通じて蓄積しており、また異業種出身者を多数採用することで新たな着眼点や観点を導入し、また業界研究のスコープを拡大しております。
以上は、あくまで基本的なビジネス上の意思決定の「必要条件」を満たしたものですので、これら以外に、お客さまがお知りになりたい「十分条件」ともいえる情報については個別に、入手可能性を含めてご相談いただくことがベターです。
Step 3:データを超えた「違和感」の正体
しかし、皆さまもご承知の通り、デジタル環境の大幅な進歩や、それに応じたあらたな商習慣の定着に伴って、世の中には過去に類例のない多様なビジネスモデルが登場するようになりました。ときには企業の皆さまにおかれて、先進的なノウハウを先駆的に取り入れつつ同業他社がほとんどないビジネスを行う事業体をビジネス相手にしなければならないという状況も生まれています。
もし、そうしたビジネスが、前述のいずれの要素も満たす必要がなく、設備投資も資金もほとんど必要としない場合、どのように事業体の評価をするのでしょうか。
新しいビジネスモデルや、数字で説明がつかないケースでは、「経営者の経歴」や「背後の人物」を見る。
先ほどの各要素の「一歩手前」を想像します。事業体の代表者や中核メンバーの生い立ちや学歴、過去の勤務・収入状況、専門教育背景や資産背景、そして現在の居住環境などなど。それらが、皆さまが説明を受けた事業体の「ビジネスモデル」や規模のイメージと合致しているか。これを評価要素にしていくことになります。
具体的にいえば、「ビジネスモデル」につながるような知識習得の機会があれば、ビジネス自体が未経験であっても起業は可能です。たとえば学生時代の知己に管理面に長けた人物がいたり、SNSなどを通じたセミナー参加で得た人脈の中に営業に強みを持つ人物がいれば、仮に技術研究に没頭する内向的な性格の人物でも起業して代表者になることも考えられます。
これらの情報を含めて検討をしたとき、仮に「ビジネスモデル」のイメージが事業体のそれとずれていた場合は、「外部に公表されていない他者」あるいは外部に公表できない「事情」が存在している可能性が高いといえます。多くの場合、この外部公表できない他者や事情の存在が、リスク要因そのものとなっています。
このように、通常の事業体における要素の検証や、例外的な先進的事業体の背景検証によって感じ取られた「違和感」が、弊社の指摘する潜在リスクの正体であり、皆さまの進めるビジネスではとくに注意を要するポイントとなります。つまり、データ分析とアナログな洞察(違和感の検知)を組み合わせるのが、プロの技であると考えます。
むすびにかえて:深淵を覗くプロフェッショナリズム
「怪物と闘うものは、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵(しんえん)をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ」(第4章「箴言と間奏」)
フリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸(Jenseits von Gut und Böse)』
最近、当社にご依頼いただく調査において、対象となる企業の属性(業種や所在地など)が多岐にわたるようになり、国外の案件も着実に増加しています。調査対象の多様化が進む中、万全のサービス提供を行うためには、対象の「ビジネスモデル」の「違和感」を察知するための「武器」を常時アップデートすることが必須であり、それこそが当社のような調査会社の生命線といえます。
そして何より、調査対象の企業と対峙する中で、先方が「周囲に知られたくないリスク」をどこにどう隠すかは、対象によりさまざまであり、これを見抜くためには、胡乱な企業や人々の心理に自らを重ねることも時には必要です。
いうなればこの営みは、フリードリヒ・ニーチェの『善悪の彼岸(Jenseits von Gut und Böse)」の有名な一節にも通じる面があります。
反社会的勢力に属する人物であっても、詐欺的手法を駆使する人物であっても、そうした人物の究極的な目的は経済的利益の獲得だということを踏まえ、相手の心理を読み込んでどう出るかを考えることができれば、企業防衛にも応用できる一節にもなります。
またその心理を投射するには、様々な分野の様々な情報や、最新の流行事情、地域ごとの価値観の相違について、できる限り多くの人間と言葉を交わし、考え方のパターンを収集することが必須です。こうした自己鍛錬については、単に年齢を経るだけで身に付くことは無く、日々の交流の仕方、常に思考する習慣が基礎にあり、新しい事物に触れる“生活”を送ることが一番の近道です。どんな相手でも、古今東西の雑談ができる、そういう程度には自分のアンテナを広げ、常に伸ばす好奇心が感性を磨いてくれます。
ときに調査員の育成にあたることもありますが、経験上、自分で判断し、自分で決定することから逃げない姿勢、つまり責任を持つ覚悟が出来ていない人は、いくら情報を与えても、サジェスチョンを与えても育たない傾向があります。上述のニーチェの一節は、そうした覚悟を持つ者だけが「闘える」、そう言っているのかもしれません。
当社も、この一節を教訓としつつ「武器」を駆使して調査にあたっており、お届けする調査報告書が皆さんのビジネスに有用であることを切に願っております。