ニセモノがホンモノになる時代
生成AIの誕生で日々新しい技術が登場していますが、文章や画像の生成にとどまらず、いよいよ動画までがアウトプットができるようになりました。出力された映像も、ひと目で本物と見分けのつかないレベルに達しており、悪用が危惧される一方で、コスト削減を目的に、広告やテレビのCMに、AIのモデルや俳優を起用する企業[1]もでています。
私たちのとりまく生活の中に、ホンモノではないヴァーチャルが混在する、そういった世界が当たり前になっていくのでしょう。
一方で、日本を取り巻く不安定な世界情勢が顕在化している昨今、企業としてもいち早い経営判断を行う上で、新聞・ニュース・Webサイト・SNSなどさまざまなソースから情報を探す必要があり、今まで以上に、嘘を嘘と見抜くリテラシー能力が求められるようになってきています。
以下では、このような状況の下、我々がどういった姿勢で情報と向き合うべきか、その要点を整理するとともに、時にはにわかに信じられないような情報(陰謀論など)に対して、なぜ一定の支持層が得られ、過激な活動がうまれるような反対運動が生まれるようになったのか、その理由や背景などを紹介いたします。
[1][1] 2024年6月に、衣料品専門店大手のしまむらは、ファッションセンターしまむらの販促に、架空のAIモデルを起用し、同社の衣類の販促目指し、@lunagram_158のアカウントの運営をおこなっています。
フェイクニュースの起源
フェイクニュース(偽ニュース)の起源は20世紀初頭の世界大戦の時代にさかのぼり、戦時中に政府のプロパガンダとして流されたのが始まりとされます。ただし、世間でこのキーワードが認知されたのは、2017年1月に開催されたドナルド・トランプ元米大統領の記者会見時、同氏が米国のニュースチャンネル・CNNについて、視聴者・読者に対して誤解を与えるようなメディア「フェイク(偽)ニュース」であると切り捨てたことで、その“名称”の知名度が増したからとされます。
総務省が発表する情報通信白書[1]によればフェイクニュースの定義をめぐっては世界的にさまざまな議論があり、定義の統一は難しいとされますが、大きくは、政治的な影響やミスリードを与えることを⽬的とする、あるいは対象を揶揄する内容については「Fake News」の呼称を使い、⼈々を欺く⽬的で拡散される誤った情報「Disinformation(偽情報)」、または意図せずに誤った情報が共有してしまう「Misinformation(誤情報)」との区別をすることが可能です。ただし、世の中のメディアやSNS情報においては、これらの呼称を明白に区別して使い分けている方が少数で、総じてFake News(フェイクニュース)と使用している印象です。
[1] フェイクニュースを巡る動向:https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd114400.html#:~:text=%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%AE%9A%E7%BE%A9%E3%81%AF,%E3%81%84%E3%82%8B28%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82
偽情報と誤情報
そんなフェイクニュースですが、政治的な意図や経済的な利益、個人的な感情など、さまざまな目的で作成され、社会の混乱や対立、特定の組織や個人の信頼の低下、それを信じた人による誤った判断や行動など、その影響力はもはや軽視できない域に達しています。ここではその一部を紹介したいと思います。
- 政治利用でひろまったフェイクニュース[1]
- 英国で、2016年6⽉に実施されたEUからの離脱の是非を問う国⺠投票において、EU離脱を⽀持する独⽴党党⾸ナイジェル・ファラージ⽒は「EUへの拠出⾦が週3億5千万ポンドに達する」と実際よりも大きな金額を主張し、それがSNS上で拡散された。実際は、EUから英国への分配補助⾦などを差し引くと拠出⾦は週1億数千万ポンドであった。その後、この情報が事実と異なるとナイジェル・ファラージ⽒自身も認めたにも関わらず、40%の国民は真実であると疑わなかった。
- 2024年の都知事選で選挙演説に駅前の広場周辺に尋常ではない人数が集まる画像投稿が拡散された。集まった群衆は、海外のコンサート画像から合成されたもので、あたかも候補者に熱狂的な支持者がいるかのような誤解を与えたほか、この候補者を支持層がこの画像の拡散を進めてしまった。
- 企業の与信に影響を与えたフェイクニュース
- 2004年10月23日に発生した新潟県中越地震で被害をうけた柏崎刈羽原子力発電の状況が、国内のみならず、海外にも大々的に報じられた。周辺の観光地などは大きな被害は出なかったものの、一部の人々が、新潟県全域が危険な被災状況であるとの情報を拡散してしまい、その結果、観光施設の宿泊予約キャンセルが殺到。その結果、震災から約2ヶ月間で40万人以上の予約キャンセルが発生し、その被害額は約80億円にも達した。
- 2011年3月11日の東日本大震災によって、震災直後に千葉県市原市に拠点をおく石油製油所のタンク施設で火災と爆発が起きるという事故が発生。その直後にメールやSNSで「石油の爆発により、有害物質が雲などに付着し、雨などといっしょに降るので外出の際は傘かカッパなどを持ち歩き、身体が雨に接触しないようにして下さい!!」などといった出所不明の情報が瞬く間に拡散されたことで、一時的にパニックが生じた。上記の誤情報が拡散されていることをすみやかに把握した油製油所は、事態の収束を図るために、公式発表で拡散された情報が事実無根であることを迅速に説明したことで風評被害を最小限に抑えた。
これらの事例には、不穏な状況下だとそのまま信じてしまいそうな情報から、普通に聞いたら耳を疑うような風評まで幅広い種類があります。
こういった誤情報の一部は、政府機関や当事者・当会社側が偽情報のファクトチェックや、画像の加工の有無の検証結果を公式に発表することで、事態の収束に至りました。しかしながら、スマートフォンの普及で、だれもがアプリケーションの一つで、高度な画像・動画編集技術ができるようになったのに加えて生成AIの登場により、ファクトチェックが技術的に困難になり時間がかかっているのが現状です。さらに状況がややこしくなっているのは、SNSの普及により、いわゆる“陰謀論にハマってしまう層”の登場により、当事者がいくら偽・誤情報を否定したとしても、それが逆に何か隠したい不都合な事実があるのではないのかと逆張りの見解を強めてしまう現象も生まれ、日に日に事態の収集が困難になっています。
[1] 諸外国におけるフェイクニュース及び偽情報への対応https://www.soumu.go.jp/main_content/000621621.pdf
カエサル「人は見たい現実しか見ていない」
2021年1月に米大統領選の結果に不満を持った人たちが、米議会の議事堂に押し寄せ、襲撃した事件や、環境保護団体による美術館や文化施設での絵画を標的にした抗議活動など、さまざまな示威的な実力行使が注目されていますが、もし、これらの行動の矛先が企業になると、その対応は非常にやっかいなものになるでしょう。日本国内の企業も、社会の持続可能性に資する長期的な価値提供を行うことを目的としたSDGsを推し進めていく過程で、ひょっとしたら極端で過激な主張をもつ環境活動家もしくは人権活動家から目をつけられ、事実無根な偽情報を拡散されたり、ネガティブキャンペーンや不買運動などを受けたりする可能性はゼロとは言えないです。
しかしなぜこういった極端な思想や、噂が独り歩きしたような情報が一部の層から支持を受け、過激な活動につながっているのでしょうか。それにはソーシャルメディアの存在が大きいと考えます。
かつてのソーシャルネットワークサービスは身近な人との情報共有や連絡手段の“身内ノリ”で始まったものでしたが、今までのメディアとは桁違いの“情報の拡散力とリアルタイムで情報が得られる圧倒的なスピードが強みの“ソーシャルメディア”の色彩が強くなり、人と人とのつながりの幅を広げるほかに、得られる情報もより多種多様となりました。
また近年のWEB広告、オンラインショッピング、各種SNSオンラインサービスは、利用者の趣味・嗜好に沿った内容を“おすすめ”するパーソナライズ機能が積極医的に導入されていて、意図せずに自分にとって不快な情報や不都合な情報が目に入らなくなる「フィルターバブル」の状態に陥っているかもしれません。
人間は本来的に自分と似た人と関わりたいという欲求(同類原理)を持っています。客観的に情報と対峙しているのではなく、自分の都合のよいように解釈する性質(確証バイアス)も備えていて、自分の考え方に一致した情報は容易に受け入れて、反対の情報は排除する傾向や同じ意見だけが相互に共鳴して拡散し、反対意見は除外される現象が加速していきます。これらが非リアルの人間関係にも反復されると、まるで「真実であるかのような錯覚」が生じ「自分の知っている人、メンター、尊敬している人が拡散しているなら真実である」と判断するような「エコーチェンバー(共鳴箱)」という現象も確認されています。
こうした人間の性質・起源については、2017年にベストセラーとなった「ホモ・サピエンス全史」にも言及されています。簡潔にまとめますと、私たち現生人類につながるホモ・サピエンスは、他の人類種もいる中に、目には見えないもの<嘘>を信じることによって、組織の一体感を増したり、様々な戦略(仮説)を用いることで生存戦略を勝ち残ってきたと説明しています。この本の印象的な言葉として、著者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は「1000人が作り話を1ヶ月信じれば、フェイクニュース。10億人が1000年信じたらそれは宗教だ」というものがあります。
氷山の一角
インテリジェンス(ここでは諜報・情報分析の意)の専門家によれば「情報分析とは歴史を知ること」と話しており、ここでいう歴史とは、時系列で点と点を繋げたときの情報の「非連続性」、「不規則性」、「不自然さ」に着目し、合理的な理由がイメージしにくい経緯を“つなげる”もしくは“探す”能力をさしています。
一見信ぴょう性があるような情報があったとしても、どんな立場の人が、誰にむけて、どのような主張をしているのか、発信者の背景や意図を多角的にみていくことで、情報の解像度を高めていく必要があります。
たとえばコロナ禍のWEB上で「ワクチンの接種は反対」という意見を目にしたとしましょう。この言葉が唐突にでてしまうと「コロナが広まっているのにワクチンを接種しないのは自分勝手だ」と様々な声が出てしまうかもしれません。しかし、もしかしたら、接種する・しないの「どちらが正しいのか」という表面的な問題ではなく、「否定的な意見の根本となる情報はどこにあるのか(例えばワクチンが有害であるという根拠)」という視点で、発信者の家族構成や、過去の病気の有無、ライフスタイルなどのバックグランドを把握していくことで「子どもの頃に薬の副作用で苦しんだことがある」、「自分の子どもが心配である」などの仮説が考えられ、その人が重視しているのは、ワクチンが有害か否かということよりも、だれかを守るにはどうすればいいか、という点だったという理解に到達するかもしれません。

このことは企業にとっても、当てはまります。たとえばある企業が、継続して企業価値を高めていくためには、その企業の進むべき方向性について一定程度、社内で考えを統一する必要がりますが、その際、複数の異なる意見の背景とそうした意見を持つ個々人の背景への理解、つまり会社の伝統と、新しい価値観・考えをすり合わせ、考えの相違が生じていることへの理解が何より重要となってくるでしょう。 一方で、企業は、対外的に、今後虚偽情報が蔓延していくなかで、広報活動やフェイクレビューなど、様々な形で企業活動に悪影響が増えていくことも認識していく必要がでてくるでしょう。反対活動や過激な活動に至る集団は、情報の実際の正しさに関係なく、自分たちの信じたい情報を支持する傾向があります。正論や反対しても、活動を過激化させる可能性があるため、彼らが何を信じ、何を軸にしているのか、その姿勢を明確にするバックグラウンドを明白にすることが求められます。そのため目に見える「情報」を洗い出し、整理、分析し、経営の意思決定に資する「インテリジェンス」への再構築していくことがより重要となっていくことと考えられます。