地政学リスクが常態化する中、企業が⽣き残り、さらに成⻑するためにはリスク対応を根本から⾒直す必要がある。本稿では、地政学リスク時代における企業インテリジェンスの不可⽋な構成要素である「地政学デューデリジェンス」の「守り」と「攻め」のアプローチの不可分な関係性を明らかにし、このうち後者が、企業価値向上に資する地政学オポチュニティーの確保に向けた新たな可能性であることを⽰す。
1.企業のリスク分析が⾒落としがちな「So what?」の視点
まず、多くの企業経営層が抱いているであろう1つの素朴な疑問の話から始めたい。それは、「なぜ、リスク報告は経営に響かないのか︖」という問いである。企業のさまざまなリスクを洗い出す、いわゆるリスクインテリジェンス(RI)は、例えば、コンプライアンス⾯での懸念事項、ネガティブな⾵評、サイバー脅威、サプライチェーンの脆弱性といった事象の特定と分析において専⾨性を発揮する。しかし、こうしたリスクにフォーカスした視座は、企業の防御において不可⽋といえるものの、経営層が求める価値創出を重視する視座とは、多少、認識上の距離感があるように思われる。
伝統的に、RIは「ダウンサイドの防御」、すなわち損失を未然に防ぐという守りの姿勢に⽴脚している。そこで⽤いられる⾔語は、懸念、脅威、脆弱性、回避といった⾔葉で構成される。
⼀⽅、経営層はリスクを管理しつつも、その主たる動機は「アップサイドの創造」、すなわち成⻑を志向する攻めの姿勢にある。彼らの⾔語は、市場シェア、イノベーション、競争優位ROIC(投下資本利益率)といった⾔葉で構成される。
両者の⾔語が乖離している中、RI提供者は、経営層が投げかける「それで、どうするのか︖(So What?)」という問いに対して満⾜のいく回答を⽤意していないことが多い。例えば、あるRIレポートが「X国における政情不安は貴社のサプライチェーンリスクを⾼めている」と報告したとしよう。そこで経営層が即座に知りたいのは、その先の戦略的含意である。「このリスクを踏まえ、我々の戦略はどうあるべきか︖撤退するのか︖あるいは、競合他社を出し抜
くために、あえて強靭性(レジリエンス)に投資するのか︖それぞれの選択肢における財務的な合理性は何か︖」。多くのRI提供者は、最初の「事実報告」にとどまり、経営層が意思決定を下すために不可⽋な、この第⼆段階の分析にまで視野が及んでいない可能性が⾼い。
こうした視座の違いは、以下の表1に⽰すように、各リスク領域において具体的に現れる。

2.「地政学デューデリジェンス」のすすめ
ところで、本稿の主題は地政学リスクである。地政学リスクは、国家間の対⽴や紛争といったマクロレベルの事象として認識されがちだが、その影響は具体的なミクロレベルの企業活動へと確実に伝播する。この伝播経路を理解することは、リスクの全体像を把握する上で不可⽋である。しかし多くの企業は、マクロレベルの地政学トレンド(例:⽶中対⽴)と、⾃社のミクロレベルの事業活動(例:特定のサプライヤーとの取引)とを関連付けて考えることに困難を抱えていると思われる。この「マクロとミクロの橋渡し」を⾏う分析プロセスを、ここでは地政学デューデリジェンス(Geopolitical Due Diligence/GDD)と呼ぶことにしたい。
GDDは、例えば「⽶中対⽴の激化」というマクロな事象を、「中国某省にある我が社の主要サプライヤーの操業リスクはどう変化するか︖」「シンガポールのデータセンターの脆弱性は何か︖」「⼈権リスクが取り沙汰される中国某地域で稼働するパートナー企業との取引がもたらすレピュテーションリスクはどの程度深刻か︖」といった、具体的かつミクロな問いに分解し、分析するものである。この橋渡しがなければ、地政学分析は企業にとっては「興味深い
が、⾏動には結び付かない」参考情報の共有に終わってしまう。GDDの対象範囲は実に広範にわたり、武⼒紛争、各国の政情不安、法規制の変更、経済制裁、貿易戦争、テロ、資産収⽤、⼈権問題など、企業の事業活動に影響を及ぼすあらゆる⾮市場的要因が含まれる。GDDの第⼀義的な⽬的は、こうした⾮市場的要因に直⾯した企業の資産、⼈
材、そしてブランドレピュテーションを保護し、それによって事業の継続性とオペレーショナル・レジリエンスを確保することにある。その意味で、GDDの第⼀の機能は「防御」である。
「防御」の観点に⽴脚したGDDは通常、以下のような課題を抽出するはずである。
(1)サプライチェーンへの影響
企業にとって、地政学リスクの最も直接的かつ深刻な影響が現れるのがサプライチェーンである。例えば、⽶中対⽴に起因する報復関税は、調達コストを押し上げる。ウクライナ紛争や中東における緊張の⾼まりはエネルギー価格の⾼騰を招き、また物流コストを増⼤させる。さらに、経済制裁や輸出管理規制は、特定の部品や原材料の供給を完全に⼨断する可能性がある。特に、半導体やレアメタル、特定化学製品のように、⽣産が地政学的に脆弱な地域に集中している品⽬は、企業の⽣産活動そのものを停⽌させかねない致命的なボトルネックとなり得る。
(2)市場・販売への影響
市場への影響も無視できない。紛争や政情不安が発⽣した地域では、市場そのものが縮⼩、あるいは消失する。例えば、ミャンマーのクーデター後、多くの外資系企業が事業活動の停⽌や撤退を余儀なくされた。また、国家間の関係悪化は、ナショナリズムの⾼まりを背景とした不買運動につながることがある。これは直接的な売上減少のみならず、企業のブランドイメージを毀損するレピュテーションリスクを伴う。
(3)財務・資本コストへの影響
地政学リスクは、企業の財務諸表にも直接的な打撃を与える。政情不安は為替レートの急激な変動を引き起こし、海外資産の価値や輸出⼊採算に影響を及ぼす。⾦融市場は不確実性を嫌うため、リスクが⾼まると投資家はより⾼いリターンを要求し、企業の資本コスト(資⾦調達コスト)は上昇する。地政学リスクの⾼まりが企業の資本コストを増⼤させ、株価を押し下げる効果を持つことは、半ば常識の範疇にある。これは、投資家が地政学的な不確実性をリスクプレミアムとして株価に織り込むためである。場合によっては、特定国による資産の差し押さえや国有化といった事態も想定される。
(4)⼈材・組織への影響
⼈的側⾯への影響も⾒過ごせない。紛争地域や政情不安がある国では、駐在員の安全確保が最優先課題となる。中国で改正された反スパイ法のように、外国企業やその従業員に対する監視が強化されるケースでは、現地での事業活動や⼈材交流そのものがリスクとなる。これにより、優秀な⼈材の獲得が困難になるだけでなく、既存の現地スタッフの⼠気低下や離職につながる可能性もある。
(5)技術・データへの影響
現代の地政学リスクは、技術・データといった企業アセットにも少なからず影響を与える。⽶中間の技術覇権争いは、半導体製造装置や先端AI(⼈⼯知能)技術などに対する厳格な輸出管理規制を⽣み出した。また、各国でデータ主権を重視する動きが強まり、データの国外移転を制限する「データローカライゼーション」規制が事業の⾜かせとなるケースも増えている。さらに、国家が背後で⽀援するサイバー攻撃は、企業の知的財産や機密情報を狙い、その⼿⼝はますます巧妙化・⼤規模化している。
GDDが浮き彫りにするこのような企業の「防御的課題」は、もはや予測困難なテールリスク(発⽣確率は低いが影響は甚⼤)ではなく、企業のファンダメンタルズ、すなわち売上、コスト、資産効率といった企業価値の根源に継続的に影響を与える構造的要因として成⽴している。したがって、地政学リスクの管理は、単なるコンプライアンス上の要請ではなく、企業価値そのものを管理する上での中核的な経営課題として捉え直す必要がある。
3.GDDにおける「攻め」の要素
しかしながら、企業経営層にとって、こうした「防御的課題」は知りたいことの「半分」でしかない。「防御的課題」は、えてして「蓋然性」と「影響度」を切り⼝とした第三者的な分析に終始し、経営層が最も知りたい問い、すなわち「So What?」にまで踏み込んだ洞察にまで⾄っていないケースが往々にしてある。経営層が求めるのは、抽象的なリスク評価ではなく、地政学的な変動が⾃社の損益計算書(P/L)、貸借対照表(B/S)、そしてROICにどのような
具体的な影響を及ぼすのか、そして、それに対してどのような戦略的選択肢(事業ポートフォリオの⾒直し、サプライチェーンの再編、資本配分の変更など)を取り得るのか、という事業と財務に直結した洞察である。
ここで求められるのは、GDDの第⼆の機能として、地政学的な変動性、国家間の規制の差異、市場の⾮効率性や歪みによって⽣じる事業機会を、能動的かつ戦略的に活⽤し、企業利益の最⼤化を図る具体的なロードマップの策定である。単にリスクを回避する受動的な姿勢にとどまらず、国家間の法制度、税制、規制、あるいは市場アクセスの違いといった地政学的環境の差異や変動性を競争優位の源泉として捉え、事業ポートフォリオ、サプライチェーン、研究開発、資本配分などを最適化し、企業価値の最⼤化を⽬指すアプローチを指す。
4.コインの裏表としての「守り」と「攻め」のアプローチ
GDDにおける「守り」と「攻め」は、地政学戦略というコインの裏表であり、相互に補強し合う好循環を形成する。そして、その関係性において、強固な「守り」の実践は、成功裏に「攻め」を遂⾏するための不可⽋な前提条件となる。両者の因果関係は明確である。まず、「守り」のプロセスは、単にリスクを特定するだけでなく、地政学的な環境の「地形図」を描き出す。どの地域が不安定化し、どの国が主要なパートナー国と連携を深め、どの政策が新たなイ
ンセンティブを⽣み出しているのかを明らかにする。
次に、この地形図は、「攻め」の機会がどこに存在するかを照らし出す。競合他社が撤退を余儀なくされたり、苦戦したりしている原因となっているリスクを深く理解することで、⾃社が攻めるべき市場の空⽩や事業機会が⾒えてくる。逆に、「守り」という安全基盤なしに「攻め」を試みることは、無謀な賭けに等しい。ある新市場に機会を⾒出したとしても、その市場に内在する政治的・社会的リスクを管理できなければ、事業は頓挫する。例えば、ナイジェリ
アにおけるシェルの事例は、その教訓的な事例の典型である。同社は地域社会との関係構築、すなわち「守り」のGDDの根幹をなす「社会的な操業許可」の確保に失敗した結果、⻑期にわたる紛争と事業の停滞を招き、当初の事業機会を逸失してしまった。
この「守り」と「攻め」の連環的アプローチは、企業におけるリスク管理機能の役割そのものを変⾰する可能性を秘めている。従来、リスク管理部⾨は、ややもすれば、コンプライアンス順守や損失防⽌を主⽬的とするコストセンターと⾒なされがちであった。しかし、「守り」と「攻め」の⼆元論的フレームワークの下では、地政学リスクチームは、企業の損失を防ぐ(ダウンサイドを保護する)だけでなく、新たな収益機会を照らし出す(アップサイドを提⽰する)役割を担う。例えば、サプライチェーンのリスクを軽減する提案が、同時に友好国政府からの補助⾦を得られる新規市場への進出につながることを⽰すことができれば、リスク管理機能は、価値創造に貢献する「戦略的パートナー」へと転換される。これは、コーポレート・インテリジェンスとリスク管理機能の費⽤対効果を再定義する意味合いを持つ。

5.「攻め」のGDDの事例︓ノルウェーの肥料⼤⼿Yara International
「攻め」のGDDを実践している企業の事例はいくつか確認できるが、以下ではその代表的なものとして、ノルウェーの肥料⼤⼿であるYara International(本社:オスロ)の取り組みを紹介したい。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻を契機として、欧州全体はロシア産資源(特に天然ガス)への依存の⾒直しを迫られた。肥料⼤⼿のYaraは、アンモニア・尿素などの基礎肥料を⽣産する上で⼤量の天然ガスを必要とする企業であり、その供給基盤の動揺は企業存続にも関わる戦略課題となった。
Yaraが「侵攻」発⽣当時に抱えていた構造的脆弱性は以下のとおりである。
・アンモニア・硝酸などの化学肥料製造に天然ガスが不可⽋
・ロシアはYaraにとって重要なガスおよび中間原料供給国
・戦争と制裁により、Yaraはロシア依存からの脱却を求められた
この状況を受けて、Yaraは同社のバリューチェーンに関して以下の戦略的再編⾏動を取った。
・中東・北アフリカとの新供給枠組み
Yaraは制裁対象外のガス供給国(カタール、アルジェリア、エジプト)との連携を強化し、特にカタールとは既存の液化天然ガス(LNG)契約に加え、肥料の中間製品供給の新協定を締結した。
・欧州域内⽣産体制の再強化
Yaraはノルウェーおよびオランダにおける肥料プラントへの再投資を進めたほか、脱ロシア依存を掲げ、欧州連合(EU)グリーン産業政策とも連動し、また脱炭素アンモニア(グリーンアンモニア)の試験製造にも着⼿した。
・サブサハラ(アフリカの中でもサハラ砂漠より南に位置する地域)市場での垂直統合戦略
Yaraは肥料需要が急増するアフリカ諸国(特に⻄アフリカ)に注⽬し、アフリカにおける物流拠点の設置と、現地パートナーとの製品供給連携を強化した。それと並⾏して同社は、⾷料安全保障の国際⽀援枠組み(世界銀⾏(World Bank)や国連⾷糧農業機関(FAO)等)との協調でプレゼンスを拡⼤させた。
以上のYaraの動きは、地政学的制約の単なる「回避」ではなく、制度・時間・空間の多層的な「攻め」を伴う戦略的な再編成を伴うものといえる。具体的には、下表のとおりである。

Yaraの供給網再編は、単に「代替調達」にとどまらず、企業⾃らが「業界再編」にまで関与するレベルに踏み込んだものとなっている。すなわち、同社については、「制裁対象からの離脱」ではなく、「⾃社の構造的脆弱性そのものの克服」という課題意識の下、外部環境の変化に受動的に対応する代わりに、地政学的制約を逆⼿に取って制度や市場の構造そのものを再検討し、企業の持続性と競争優位を確保する姿勢を果敢に⽰した点が、その最⼤の特徴といえる。
6.地政学インテリジェンスを企業価値に転換する5つのステップ
⽇本企業が社外のインテリジェンスファームとの協業を通じて⾏うべき、地政学インテリジェンスを企業価値に転換するための作業フレームワークは、およそ5段階に整理される(以下に⽰すステップ1〜ステップ5)。
ステップ1:スキャン&トリアージ(特定)
⽬的:⼀般論的な情報の収集・提供とは⼀線を画した、⾃社に直接関係する地政学的なリスクと機会を体系的に特定するプロセスの実践。
活動内容:
・専⾨的インテリジェンスの提供と翻訳
インテリジェンスファームは通常、マクロな地政学情報をクライアントに提供することが想定されているが、そうした情報をさらに企業価値に結び付けるためには、⼀般的なマクロリスクを、クライアント特有のミクロな事業への影響に「翻訳」し、具体的な洞察を提供することが必要となる。
・クライアントの部⾨横断チームとの連携
地政学リスクは特定部⾨の専管事項ではないため、インテリジェンスファームは、クライアント内の戦略、リスク、オペレーション、財務、法務など、各部⾨の代表者から構成される横断的チームとの緊密な連携体制を構築する。この連携を実効性あるものにするため、クライアントの経営トップや取締役会レベルの強⼒なスポンサーシップを得られるよう要請することも少なくない。
・トリアージ(優先順位付け)
収集した膨⼤な情報の中から「ノイズ(雑⾳)」と「シグナル(信号)」を峻別する。クライアントのグローバルな事業拠点、資産、サプライチェーン、市場、⼈材に対して、影響度と発⽣速度(Velocity)が最も⼤きいと判断される事象に分析リソースを集中させる。
ステップ2︓フォーカス&アナリシス(評価)
⽬的:優先順位付けされたリスクと機会が、⾃社の事業に具体的にどのような影響を及ぼすかを評価・可視化する。
活動内容:
・事業機能への影響マッピング
特定の地政学シナリオが、クライアントのサプライチェーン(⼨断、コスト増)、販売(市場アクセス、需要変動)、財務(為替変動、資本規制)、投資(資産収⽤、政治リスク)、データ・知的財産(安全保障、データローカライゼーション)といった主要な事業機能に与える影響を評価・可視化する。
・シナリオ分析とウォーゲーミング(付与されたシナリオ下での意思決定や判断の演練)の実施
単純な未来予測ではなく、複数の「あり得る未来」のシナリオ(例:「⽶中技術覇権競争の激化」「中東での地域紛争によるホルムズ海峡封鎖」)を策定する。これらのシナリオを⽤いて、クライアントの現⾏の経営戦略や事業のレジリエンスをストレステストするワークショップを設計・実⾏する。場合によっては⽣成AIを活⽤し、より動的で現実的なウォーゲーミングを提供する。
・影響の定量化
可能な限り、影響を財務的に定量化する。例えば、関税導⼊によるコスト増加額や、市場撤退による逸失利益などをモデル化し、クライアントが対策を講じるための明確なビジネスケースを作成する。
ステップ3:ストラテジャイズ&デサイド(戦略化)
⽬的:地政学的な分析結果を、⾃社の中核的な戦略策定プロセスに統合し、具体的な戦略オプションを策定・決定する。
活動内容:
・戦略オプション・ポートフォリオの策定と提⽰ 優先度の⾼いシナリオ毎に、防御的(GDD)および攻撃的(GA)な両⾯の戦略オプションを策定する。
・「守り」のオプション
サプライヤーの多様化、在庫バッファーの構築、ポリティカルリスク保険の活⽤、為替ヘッジ戦略、サイバーセキュリティの強化など。
・「攻め」のオプション
戦略的な市場参⼊・撤退、特定能⼒や市場アクセスを獲得するためのM&A(合併・買収)、現地政府や有⼒企業との戦略的提携、新たな規制環境に対応した製品の再設計など。
・リスク調整後のリターン評価
各オプションを、リスク調整後のリターンの観点から評価する。例えば、コストが多少⾼くとも強靭なサプライチェーンは、低コストだが脆弱なサプライチェーンよりも⻑期的に優れた価値をもたらす可能性を提⽰する。
・意思決定の⽀援
クライアントの経営トップと取締役会が、提⽰されたオプションの中から実⾏すべき戦略を明確に決定し、必要な経営資源(資本、⼈材)を配分できるよう、客観的なデータと分析に基づいた提⾔を⾏う。
ステップ4:インテグレート&エグゼキュート(実⾏)
⽬的:決定した地政学戦略が、組織の⽇常的なオペレーションとガバナンス体制に深く組み込
まれるよう制度化する。
活動内容:
・全社的リスクマネジメント(ERM)への統合
地政学リスクが独⽴したサイロとして扱われることを防ぎ、クライアントのERMフレームワーク全体に統合され、明確な責任部署と説明責任が定められるよう制度化する。
・戦略のオペレーション化⽀援
ステップ3での意思決定を、具体的な⾏動計画に落とし込むプロセスを⽀援する。サプライヤー契約の変更、設備投資計画の再配分、M&Aデューデリジェンスの開始、サイバーセキュリティ・プロトコルの更新など、現場レベルでの実⾏を促進する。
・ガバナンスとオーナーシップに関する助⾔
クライアントが部⾨横断的な専⾨チームまたは個⼈を地政学戦略の実⾏責任者として明確に任命できるよう、ガバナンスモデルを提⽰する。そのチームが経営トップおよび取締役会に直接報告し、実⾏の進捗と成果に対する説明責任を負う体制構築を⽀援する。
ステップ5:モニター、ラーン&アダプト(監視・学習・適応)
⽬的:絶えず変化する地政学環境に対応するため、クライアントが⾃⼰進化する動的な適応システムを構築できるよう⽀援する。
活動内容:
・KRI(重要リスク指標)とトリガーの設定・監視
クライアントが優先的に管理すべきリスクを監視するため、明確な指標(KRI)とダッシュボードを開発・提供する。これらが戦略の⾒直しやコンティンジェンシープラン(緊急事態が発⽣した際に、事業への影響を最⼩限にとどめるために実施する施策や⾏動指針を記した計画書)の発動を促す「トリガー(引き⾦)」として機能するよう、継続的に監視し、アラートを発信する(例:「特定の国に対する、⽶国の政治家の関税に関する⾔及回数の割合」など)。
・フィードバックループの確⽴と運⽤
監視プロセスから得られた新たな情報を、常にステップ1の「スキャン&トリアージ」にフィードバックする。これにより、インテリジェンス収集から始まるサイクルが継続的に循環し、クライアントの対応能⼒向上に貢献する。
・事後検証(Lessons Learned)の実施⽀援
地政学的な事象がクライアントに影響を与えた後には、必ず事後検証のワークショップを設計・実施し、「教訓」を導き出す⼿助けをする。これにより、フレームワークそのものを改良し、将来の対応をより洗練させることができる。
上記のプロセスが、クライアントの企業価値向上に実質的な効果をもたらすようにするには、インテリジェンスファームの専⾨的な貢献に加えて、クライアントとの緊密な連携が不可⽋であることはいうまでもない。各クライアント企業固有の事業構造、サプライチェーン、財務状況に関する情報共有や、各部⾨のキーパーソンを関与させた議論がなければ、分析は机上の空論に終わってしまいかねない。インテリジェンスファームの提供するインテリジェンスを活きた洞察へと昇華させるためには、クライアントの⽣の情報と融合させることが必要不可⽋である。
さらに、分析から具体的な戦略実⾏へと移⾏する局⾯では、インテリジェンスファーム以外の専⾨的な知⾒が必要となることが少なくない。そのため、地政学を読み解く「インテリジェンスファーム」、戦略とオペレーションを策定する「コンサルティングファーム」、そして法規制や契約リスクを管理する「ローファーム」が三位⼀体で連携するエコシステムの構築が極めて有⽤となることが想定される。
この三者の専⾨性を融合させることで、地政学的な洞察を、法的リスクを管理しつつ、実⾏可能かつ競争優位につながる具体的なアクションへと昇華させることが期待される。
最後に
本稿で⽰してきたように、地政学リスクはもはや企業経営から切り離せない構造的な要因となっているが、その影響を⼀⽅的に受けるだけの時代は終わりを告げている。リスクを単なる脅威として捉え、損失を回避することに終始する「守り」のGDDは、事業継続の必要条件ではあっても、企業を成⻑させる⼗分条件ではない。
真の競争優位は、その先にある。すなわち、「守り」のGDDによって得られた深い洞察と安全基盤の上に⽴ち、変動する世界の「歪み」や「⾮対象性」の中にビジネスチャンスを⾒出す「攻め」のGDDを実践することである。これは、リスク管理部⾨をコストセンターから、企業価値創造に貢献する戦略的パートナーへと変⾰する試みでもある。
地政学的な変動を「リスク」と読むか、「オポチュニティー」と読むか。その視点の柔軟な転換こそが、不確実性の時代を勝ち抜くための第⼀歩となるといえる。本稿で提⽰したフレームワークが、⽇本企業にとって、地政学リスクを企業価値向上の新たな駆動⼒へと転換する⼀助となれば幸いである。
※本記事は、三菱UFJ銀行『MUFG Biz Buddy』に寄稿した内容を元に再編集したものです
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