はじめに
「ネットで検索すれば、あらゆる情報が手に入る」――そう思われがちな現代において、あえて『人』から直接話を聞くことの価値が高まっています。 企業インテリジェンスの世界では、これを「人的情報収集(HUMINT:ヒューミント)」と呼び、意思決定を左右する重要な手法として位置づけています。今回は、誰もが日常的に行っている「会話」と、プロの「情報収集」は何が違うのか、その本質について解説します。
「人的情報収集」とは何か
「人的情報収集」という言葉には、「人的情報」あるいは「収集」という大仰な表現が含まれていることから、あたかも特別な手法のように聞こえるかもしれません。しかし、この言葉は、普通にいえば、“人との会話”を通じて、相手から話を聞くことを指しており、誰もが日常ごく当たり前に経験していることといえます。
テレビ・ラジオ・新聞・雑誌やインターネットからではなく、「人から話を聞くこと」で情報を得ることが、人的情報収集活動のもっともシンプルな定義となります。この定義に従えば、たとえば、「スーパーの安売り情報を人づてに入手する」、「取引先の接待に先立ち、先方が好む料理や店の雰囲気などをその周辺の人に尋ねる」ことも「人的情報収集」といえます。
当社が手がける企業インテリジェンスの文脈において、「人的情報収集」は、より具体的な意味合いを持ちます。これには明確な目的と綿密な調査設計を背景とした計画、戦略があり、専門のアナリストが職務として従事しています。今回のレポートでは、こうした企業インテリジェンスとしての「人的情報収集」について、その要諦を当社なりのノウハウと経験も交えて整理していくことにしたいと思います。
ちなみに、「人的情報収集」に類似した言葉に「HUMINT(human intelligence)」があります。HUMINTは、本来的には国家安全保障(national security)を目的とした政府等の情報機関が組織的に行う人的な諜報活動を指します。我が国でも、一部の中央官庁の予算項目に「ヒューミント」とカタカナ書きで記載され、「ヒューミント(人的情報活動)を含めた情報収集、分析体制の強化経費」として数十億円を計上している官庁もあります。HUMINTは、国家の安全保障政策を背景として膨大な時間と予算、あるいは特殊な訓練を受けた人員を投じて行われるものであり、ときには超法規的な手法を伴うこともあります。
そのため、たとえば当社のような民間調査会社が行なう企業インテリジェンスとしての「人的情報収集」とは一線を画しています。もっとも最近では、企業インテリジェンスの文脈でも、HUMINTという言葉が、その端的でキャッチーな語感もあってか、活発に使われる傾向にありますが、両者の本質的な違いには意識的である必要があります。
「人的情報」は集めるだけのものではない
ところで、「人的情報」とは何でしょうか。多くの場合、「人が言ったこと」「人から聞いた話」をそのまま有効な「情報」として、調査に活用できるわけではありません。そのままでは、材料・素材に過ぎないからです。専門的には、まだ検討を加えていない情報を「素材情報」と言うことがあります。荒削りの建材のようなもので、用途に適うよう手を加えることを前提としています。
材料・素材を活用して、より的確な「情報」に仕立てるためにはまず、その素材・材料に対して、どのような立場の人が言ったのか――という観点で向き合う必要があります。情報源である「人」の立場や、調査対象との関係を正しく認識する必要があります。
例えば、その「人」は、
A)調査対象について、どの程度、知り得る立場にあるのか。
B)調査対象とどのような関係(遠近、濃淡、利害関係の有無やの内容)にあるのか。C)主観や感情で話すタイプか、それとも客観的あるいは論理的に話すタイプか。
といった観点で、情報源の「立場」、調査対象との「関係性」、そして性格や思考の癖などの「個人的特性」を正しく認識する必要があります。
A)についていえば、調査対象をきわめてよく知っている人の話と、それほど知らない人が言う話が同じ内容だったとしても、そのインパクトには違いがあります。もしその内容が調査対象の評価に重大な影響をもたらすものであれば、きわめて慎重に内容の信ぴょう性を検証する必要があります。その「人」がどの程度、調査対象を知る得る立場にあるのかは、その信ぴょう性を検証する大事な要素の一つです。
B)についていえば、情報源と調査対象との関係性の遠近、濃淡、そしてとりわけ調査対象と利害が一致する立場にあるのか、それとも利害が相反する立場にあるのかといった点を、考慮したうえで評価する必要があります。
C)についていえば、例えば、普段から辛辣な言い方をする人と、普段から論理的で慎重な物言いの人が、同じトーンで批判的な見解を示した場合、その発言内容の評価は違ってきます。情報源が「人」である以上、その発言には「思い込み」「悪意/善意」「先入観」などが介在することを心得ていなければなりません。
“属性”を考慮し“中身”を検証する
このように情報源は“なまもの”ですから、その「人」のバックグラウンド、考え方の特徴・傾向などを把握することが重要です。また、同じ「人」に、同じことを聞いても、昨日と今日で言うことが違う場合もあります。例えば、比較的気持ちにゆとりがあり気分が晴れやかなときには前向きで好意的な見方を全面に出し、大きなプレッシャーを抱えて苛立っているときには否定的な見方を示すかもしれません。
そのほか、その「人」がどのような状況の中で話したのかも考えなくてはなりません。当社の人的情報収集は1)周囲に誰もいない場所で直接会って聞く、2)電話で聞く、3)メールで聞く、4)オフィスや飲食店で会話しながら聞く、等々、さまざまなシチュエーションで行います。その際、こちら側では周囲に会話の内容が聞こえないよう注意します。ただし電話の場合、相手は周りを気にしなければならない状況にあるかも知れません。たとえば、その「人」が周囲に同僚がいるオフィス内で、ある取引先やその経営者について話す場合、あからさまに悪口を言うよりは、当たり障りのない無難なコメントに終始する可能性が高くなります。
こうした多面的な角度から「人」の話を吟味することにより、“あの人があのようなことを言うのは、このような意味にとらえればいい”と受け止めるなど、より深く考えることができます。つまり、発言内容そのものよりも多くの意味や情報を自分で加えていくことになります。客観性や一貫性を持たない“なまもの”を適切に扱うためには、相手の立場や特性、周囲の状況などさまざまな要素を意識した想像力が求められるということです。
天ぷら職人は常にレシピどおりの比率で粉・水・卵を混ぜるわけではなく、その日の気温や湿度によって衣の比率を微妙に調節し、続いて油の温度や揚げる時間を考慮し、最終的に客が料理を口にしたときに最良の状態であることを目指すといいます。
「人的情報」の扱いも、この感覚に似ているように思います。
「人脈」を手間暇かけて紡いでいく
このように、情報源から聞いた話の “中身”を考える前に、情報源の“属性”について、いろいろわきまえなければならないということは、裏を返せば、「適切な情報源」から得られた情報は、「材料・素材」として質が良く、扱いやすく、収集した他の「材料・素材」を引き立てる機能を果たし得るということを意味します。
つまり、「適切な情報源」から話を聞くことができれば、冒頭に述べたような「情報に仕立てる」プロセスはある程度クリアするため、比較的確度の高い「情報」として扱うことができます。したがって、普段から、潜在的な「適切な情報源」たりうるさまざまな人物との多層的なネットワークを維持・拡大していくことは、調査会社にとっての生命線ともいえます。
当社がクライアントからご依頼いただく調査案件は毎回、調査対象が異なります。地理的にみても、日本国内はもちろんのこと、国外では数十の国・地域に及んでいます。いつ、どの国を対象とする調査が発生するかはお客様次第です。そしていうまでもなく、対象となる法人や人物の属性――法人であれば業種業態、規模、業歴など、人物であれば職業、年齢、居住地、バックグラウンドなど――は毎回異なります。
そのため、調査案件に即して毎回、「適切な情報源」を確保することには困難が伴います。ときには調査対象を直接ではなく間接的に知る「人」、あるいは調査対象の15年以上前のことなら知っている「人」、さらには調査対象のごく一部、ごく断片しか知らない「人」にまで射程を拡げて情報源を確保するケースも少なくありません。クライアントの背景や調査を活用する目的、そして期間と予算などさまざまな要件を勘案し、当社なりに最適・最善と考えられる努力をします。
この点、先に述べた国家の諜報活動としての「HUMINT」では、「適切な情報源」に接触することが何よりも重要なため、そうした情報源に行き当たるまで時間と予算を惜しまず投入します。例えば、「適切な情報源」であるAさんにストレートに接触する手立てがないとき、Aさんと接点を持つ可能性があるコミュニティやサークルに参加することから始めてみる、あるいは自身と十分な信頼関係のあるBさんに相談をしてBさんの助言に基づきCさんを紹介してもらい、CさんからDさんにアプローチをしてもらい、Dさんを通じてAさんに話をつなげてもらうなどといった迂遠な手法が当たり前のように用いられます。
こうした手法は、たとえば記者・編集者による人脈づくりにも通じることかもしれません。これらの職業には、人脈づくりが仕事そのものといった側面があります。たとえば、たまたま顔なじみの相手を訪問した際、別の訪問客と居合わせ、名刺を交換したとします。その小さな偶然で得た初対面の人との縁も、人脈というアセットの一端に加えるため、時間と手間暇をかけてその縁を紡いでいきます。その結果、「適切な情報源」に繋がる人脈として活用する場面がくるかどうかはわかりません。可能性がほとんどないことにも、時間と手間を惜しまず、縁の“備蓄”を続けることができるかどうかが問われる職種です。
このように「人」ありきの情報収集とは本来、多くの時間と労力、費用を要するものであり、ムダになることも多い、効率性と即効性を重視してはできない業務といえます。
インテリジェンスの応用力
「人的情報収集」についてもう一つ、押さえておきたい点があります。それは、調査対象について全く知らない「人」が、有用な情報源となる場合があるということです。実際に何度か経験したことですが、調査対象についてその場で初めて聞く構成要素(法人なら業種、ビジネスモデル、規模、資本構成、沿革、役員の顔ぶれなど。個人なら経歴、バックグラウンドなど)について、自分の経験・知見を基に分析し、「このような事情があるのではないか」「このようなことが考えられるだろう」という観測を示すケースです。
調査対象について全く知らない「人」による評価は当てにならないし無責任だ、と思われるかも知れません。しかし、その評価は、調査対象をよく知る「人」の見解と同じくらい、参考になることが多いものです。
なぜなら、“情報を扱う”ことを仕事にしている「人」は、全く知らない調査対象についても、“情報を扱う”プロとしての経験・知見をもとに、自分なりに分析し、それにより的確な観測を示すことができるからです。“情報を扱う”プロとは、政府の情報機関の諜報員だけを指すとは限りません。日ごろから明確な目的を持って情報に対する感度を磨き、バランスを取りながら解釈し、人の意見も見聞しつつ、分析し、自身の目的に即して活用する――そのような姿勢で職務に取り組んでいる人は、職業・職種を問わず、“情報を扱う”プロといえると思います。
歴史を検証する―過去を分析する―現在の状況を把握する、そして、どこに着目すべきなのかー水面下でどのようなことが起きているのか―これからどうなるのか――という思考の作法が仕事柄身についている人は意外に多いものです。このような人は、特定の業界・人物の動きをウォッチし分析してきた手法で、知らない業界・人物についても客観的に分析し、見立てを示すことができます。これがインテリジェンスの感覚・センスの応用と思います。
「人的情報」は「公開情報」の的確な分析によって生かされる
当社の調査業務の過程で行う人的情報収集の活用場面は、次の二つに大別できます。
1)公開情報で収集・抽出した情報を補足または裏付けること
2)公開情報では知りえなかった(キャッチしえなかった)情報を新たに入手すること
どちらに活用場面における人的情報収集なのか、をあらかじめ想定し、聞くべき相手を正しく選定することが基本です。とくに2)の場合には、より確度の高い情報源にアプローチする必要があります。調査対象について、特定の一部分に限られるとしても、よく知る立場にある「人」で、なおかつ話を聞いたことが調査対象に伝わらない「人」を探し、みきわめなければなりません。
もっとも、あらかじめ活用場面を想定していても、けっきょくは得られた情報に応じて、改めて慎重に、より適切な活用方法を考えることになります。そして、どのような人的情報であっても、公開情報と並行して分析してこそ生かすことができます。
警察当局の捜査の例でみてみると、捜査員は、接触した人物から聞いた話をそのまま捜査本部に報告するということはないと聞きます。その話に出てきた人物や場所の名前、事象などの裏付けを取り、さらにその裏付けから得られた内容を吟味し、検証を重ねる精査のプロセスを経ながら、並行して指揮官とのキャッチボールが行われるといいます。つまり、たまたま耳にしたに過ぎない話をそのまま「情報」として使うことはない、ということです。
「企業インテリジェンス」として人的情報収集を行う場合、この検証を重ねる精査のプロセスに該当するのが、公開情報との入念なすり合わせです。
考えるべき要素はいろいろあります。
10人のうちの6~7人から共通して聞かれたことなのか、ただ1人だけが話したことなのかで自ずと扱いは違ってきます。同じことを言っても、誰(どのような立場の人)が言ったのか、によって、その意味は異なります。同じ人が同じことを言っても、その状況とタイミングにより、重みも違います。
情報源である「人」を取り巻くさまざまな要素によって揺れるインパクトや解釈を定めるために、公開情報は不可欠な分析材料です。公開情報で可能な限り、人的情報の客観性や妥当性を検証しなければ、人的情報は冒頭述べたように「素材情報」のままなのです。公開情報とともに精査した結果、軌道修正が必要になる場合もあります。
「人」によってこそ得られる情報、「人」からしか得られない類いの情報は、公開情報の丹念で綿密な収集と分析を伴うことで、より適切で意味ある情報になります。その思考のプロセス、加工の過程がインテリジェンスなのだと思います。
人的情報収集は人間力の技(わざ)
「人的情報収集」において、情報源との向き合い方とともに問われる専門性があります。それは、情報を引き出す側の資質です。これは、場合によっては専門スキル、場合によっては人間力と置き換えてもいいと思います。情報源である「人」は“なまもの”ですから、いつでも誰にでも同じ反応を示すわけではありません。公開情報の場合、同じ書類にはいつ誰が見ても同じ内容が記載されていますし、同じURLなら誰がクリックしても同じ画面が出てきます。しかし、「人」はそうはいきません。
外交ジャーナリストで元NHKワシントン支局長の手嶋龍一氏は、2017年2月に『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師 インテリジェンス畸人(きじん)伝』を出版した際のスポーツ紙のインタビューで、「ヒューミントのためには、人間的魅力を持たなければならない」との主旨の発言をしています[1]。
「人間的魅力」とは、親しみやすさや愛嬌でしょうか、洗練された振る舞いでしょうか、知識や経験の豊かさでしょうか。そうかも知れないし、そうでないかも知れません。そして必ずしも相手に好感を持たれるべきものでもないでしょう。自我を持った“なまもの”に向き合うとき、常に定まった正解はないのです。
初対面の相手であればその場の状況と相手の気分などに即してアドリブも必要で、相手の出方を見ながら瞬時に相手の心を掴む瞬間芸を模索することもあります。既知の相手であれば信頼関係を頼りに誠意を尽くすことになります。
[1] https://wpb.shueisha.co.jp/news/politics/2017/02/21/80444/
断片をつなぎ合わせる「プロの視点」――情報収集の核心
ここで再び、公開情報について立ち戻りたいと思います。情報に接する側の資質により、得られる情報の質と量が異なってくるということは、人的情報だけでなく公開情報にも共通して当てはまります。先に述べたとおり、同じ書類にはいつ誰が見ても同じ内容が記載されているわけですが、そこからどのような情報を読み取り、どれだけの情報を得るのかは見る人によってかなり開きがあります。なぜそうなるのか。理由を一つ挙げるとすれば、インテリジェンスの専門家は一つの書類を見ながら、同時に別のものも見ているということです。字面を追いながら、別の場面で接してきた多様な断片情報の走馬灯を追いかけていくというイメージです。
過去に遡り、これまで見聞し、接してきた膨大な断片情報のどれとどれをどう組み合わせれば、どんな絵図が導き出されるのか、その試行錯誤を続けながら、水面下で起きていることを推察し、これから起こり得ることを予想する――このプロセスを通じて「材料・素材」からインテリジェンスが生成されることになります。
「人」と接するときにも、こうした断片情報が役立ちます。上で述べた「アドリブ」や「瞬間芸」は、目の前にいる「人」だけを見ていて自ずと生まれてくるものではありません。今、目の前にいる「人」に自分が向き合っている目的と、これまで見聞し、接してきた膨大な断片情報を突き合わせつつ、相手の胸中に思いを巡らせながら、思考がフル回転していることはおくびにも出さず、自然体で振る舞い、相手のどんな言葉も興味深く受け止める姿勢を保つ――このような役柄を演じられる人間力が人的情報収集の武器になるかもしれません。
企業の意思決定にあたり、「人的情報収集」を通じたインテリジェンスが求められる場面は少なくありません。今回は、この「人的情報収集」について、当社がその調査実務を通じて日常的に腐心している活動のポイントをご紹介しました。