はじめに

2024年を振り返ると、11月のアメリカ大統領選挙や同月に実施された兵庫県知事選挙など、報道・メディア・SNSなどのあり方について、改めて考え直すきっかけとなった事例が少なくなかったように思われます。

選挙でいえば、たとえば自身が支持するメディア、インフルエンサー、有識者の発言だけを信じていれば正確な情勢把握ができるというわけでは必ずしもなく、またその一方で、あらゆる情報に疑いの目を向け、石橋を叩いても渡らないという消極的な姿勢を貫いていては何ら意思決定ができない、といったジレンマが生じつつあるといえます。

同様に、企業の皆さまにおかれても、世界情勢が日々、目まぐるしく変化し、ファクトチェックも追いつかない雑多な情報が飛び交うこの令和の時代において、経営や事業運営上のさまざまな意思決定を行うことが求められています。

そうした意思決定が、信頼に足る情報の収集と適切な評価に基づかない限り、回避すべき重大リスクを見逃したり、あるいは逆に企業価値向上に資する大きな機会の損失につながったりしかねません。私達はどのように情報と向き合うべきなのでしょうか。

背景を知る

私が執筆した「フェイクニュースの「氷山の一角」をどう見るか ―― 偽情報・誤情報(Disinformation)に惑わされないためのインテリジェンス・アプローチ」では、ある情報に対して、どんな立場の人が、誰にむけて、どのような主張をしているのか、情報の背景や意図を多角的にみていくことで、理解の解像度を高めていく必要がある、と結論しました。

例えば、米国大統領選が終わった後、様々な報道・ウェブメディアで、「SNSがオールドメディアに勝った」、「SNSこそ偏見のかたまりで信用できない」「バイアスがかかっている」、などと相互に批判をする記事が多く目にしました。こうした批判は皆さんにどのように映ったでしょうか。

そもそも、マスメディア、ブログ、SNSなどから届いた情報に、まったく偏向がないということはあり得ません。たとえば紙媒体やテレビ放送は、世界で様々な事件・事故・出来事が同時に起きているなか、限られた紙面、時間枠のなかで、まず「何を報じるか」を選択し、さらに「どう報じるか」を選択しなければなりません。何らかの「選択」が介在する以上、そこに一定の価値判断が入り込むことは避けられません。またSNSでも、発信力のあるインフルエンサーなどは、フォロワーが求める投稿、思わずリアクションを取りたくなるような投稿を継続して提供し続けなければ、フォロワーは減ってしまうため、常日頃から支持率≒視聴率を確保するために「話題の選択」「情報の見せ方」に試行錯誤や創意工夫をしているのが現状だと思われます。

このように情報の発信側には、絶えずなんらかの「選択」や「工夫」が入り込むことは避けられない以上、やはり様々な情報をすり合わせ、共通項目(本質的なことや事実)の有無などを洗い出すことで、初めてその事件・出来事に対しての解像度を高まっていくということではないでしょうか。また、情報の出所、つまり“誰”が“何を根拠に”発信をしているのか、発信の背景や意図は何なのか、を把握するすることはもちろん、その情報の真偽はどうであったか、事後的にどのような評価を受けたのかという、フォローアップも欠かせません。

情報の検証を支える“エンゲージメント”

本年11月のアメリカ大統領選挙は、現職のカマラ・ハリス副大統領とドナルド・トランプ元大統領との間で戦われました。メディア報道の多くは、この選挙戦を“接戦”と報じており、結果は誰にも予測できないとされましたが、ふたを開けてみるとトランプ氏が圧勝したかたちとなり、事前の報道ぶりと“リアル”の間に大きな乖離が生じていたことが明らかとなりました。このことをマスメディアと投票者との間にエンゲージメント(結びつき)が弱かったと表現することができるかもしれません。

“エンゲージメント”(日本語で“婚約”、“約束”など)はビジネスシーンで企業と顧客、企業と従業員など結びつきを示す意味で用意いられますが、マーケティング業界(特にSNSを活用したもの)では独特の意味で用いられます。この場合の“エンゲージメント”とは、SNSの投稿に対するユーザーのリアクションの割合を指し、企業がSNSを活用したマーケティング活動のプロモーション効果を測定・改善する際に用いられるモノサシとして使用されています。

“エンゲージメント”が普及した背景には、SNSメディアの影響力が増し、インフルエンサーという職業が台頭したことがあるといえます。当初、フォロワー数を意図的に増やし、支持者が多いように見せかけるアカウントが多く存在し、企業は単純にフォロワー数の多いアカウントにPRを依頼していましたが、期待した効果が得られないことが多かったといいます。そこでマーケティング会社は、フォロワーとの結びつきの割合を測定し、本当に影響力のあるアカウントを見極める基準値を編み出しました。これによりSNS上の「リアル」と「フェイク」を区別する動きが進みました。

これに加えて、SNS上では無料で利用できるサービスがほとんどであるため、誤情報や出典元を隠した転載、最近では生成AIを活用した映像や写真などのコンテンツが横行するようになりました。このため、SNS情報に対して懐疑的な姿勢が強まり、一部のサービスにはファクトチェック機能が実装されるに至っています。例えば、X(旧Twitter)には、ユーザーが協力して投稿に備考や補足情報を追加し、誤解を招く情報に対してファクトチェックを行う機能があります。しかし、この機能は注目されている投稿のみに行われる傾向があり、全ての投稿がチェックされているわけではありません。最近、こうしたファクトチェックの動きがSNS情報の域を超えてマスメディアにまで広がるようになりましたが、一般市民が自発的・主体的に情報を検証するようになったことの意義は少なくありません。

なぜ報道とリアルに乖離が生じるか

以下ではアメリカの大統領選を素材に、なぜ報道と情報の「リアル」に乖離が生じたのか、その背景について考察したいと思います。

1. メディア・バイアス

アメリカのメディアの多くがリベラルなスタンスを持つことが多い傾向にあります。伝統的に三大ネットワークとして知られるABC、CBS、NBCはどちらかというと中道から左派・リベラル寄りで、民主党候補のハリス氏を支持しつつ、あたかも両候補が接戦であるような印象を与えることで視聴率や関心を引きつける戦略が取られていた可能性があります。この背景には、報道する側の思想の影響があったことに加えて、インターネットやスマートフォンの普及により手軽に動画や情報にアクセスできるようになったことで、紙面の売れ行きやテレビの視聴者数の落ち込む中、その「巻き返し」のために、意図的に先導的な情報発信の手法がとられ、結果としてある種のメディア・バイアスが生じてしまったことが考えられます。またアメリカ大統領選の一部の解説者によれば、本件では「レイジ・ベイティング」(意図的に炎上を起こすような攻撃的な表現や、相手を煽るような手法をおこなうこと)戦略が盛り込まれた事例の一つと話しています。2024年9月に行なわれたハリス氏とトランプ氏が初の討論会でも、討論が徐々にヒートアップしていき、最終的にお互いに強く批判しあうような形で幕を閉じ、どちらがより良くアメリカを導くことができるのか、その政策プロパーではなく、「レイジ」を中心に展開されていたという評価もあります。

2. サイレント・マジョリティの存在

上記のレイジ・ベイティングもあわさって、今年の大統領選は特に政治的な圧力や社会的な制裁を恐れて公の場での支持表明を避ける「サイレント・マジョリティ」の現象が生じたといわれています。投票日はナーバスな有権者による暴動が起きるリスクに備えて、投票所には、警官や防弾ガラスも設置されるなど厳重な体制を設けられるほどだったそうです。日本の選挙では少し考えられないような状況ではありますが、2021年1月に米大統領選の結果に不満を持った人たちが、米議会の議事堂に押し寄せ、襲撃した事件がおきた事例がある以上、世論調査での回答とは異なった実際の投票行動をせざるおえない状況になったとみられます。

“誰が言うかではなく、何が言われているか”

ところで本年11月の兵庫県知事選挙では、候補者の一人であった斎藤元彦氏の支持者らはYouTubeやX(旧:Twitter)などのSNSを活用し、同氏の政策や実績を広く拡散したとされます。特に斎藤氏が具体的な政策に焦点をあてた演説をしていた一方、対立候補者は斎藤陣営の批判に多くの時間を割き、政策については具体的な内容に乏しかったため、有権者に訴求する力が弱かったとの指摘が一部でみられます。また、斎藤氏の再選に貢献したとされる複数のインフルエンサー(ここでは運営するYouTubeやXに多くの視聴者を有していた“Zら”と仮称します)が、斎藤氏が自身では言いにくい「不信任に至るまでの真相」などの情報についての見解を発信し、その内容がSNSで広く拡散されたことが注目されました。

 SNSについて注目すると、Zらの発信する内容に信ぴょう性のある情報もあれば、明白な根拠があるとは言い切れない(判断が難しい)ものも混在しており、ファクトチェックが行われずに拡散された情報も多かったと見られます。また、当事者しか知り得ない情報が含まれているため、その真相を確かめるのが困難なのも一因としてありました。

しかし、県知事選において、Zらの投稿や発信内容に対して、同じくらいの情報量や証拠をもって対抗する人が現れませんでした。つまり、Zらは誰よりも多くの“情報”を持ち、それを“適切なプラットフォーム”で、適切な“タイミング”で発信・拡散する戦略をすることで、将棋で詰めるような攻め方を実現し、それに対する反論や検証が行われず(行うことができない)、有権者から見れば、当時のZらの説明や主張する内容が理にかなっているように見えた、というのがあるのかもしれません。

情報をめぐる“界隈”の時代の到来

現代は「個の時代」と呼ばれ、様々な意思決定が従来に比べて個々人に委ねられる傾向が強まったとの指摘がみられます。他方、そうした時代にあって、たとえばインターネットでは、各利用者の趣味や嗜好に沿った内容を“おすすめ”するパーソナライズ機能が積極的に導入されており、個々人の意思決定が意外に「誘導」されているとの指摘もみられます。そうした中、2024年には “界隈”という語が「新語・流行語大賞」にノミネートされたように、こうしたパーソナライズ機能に引っ張られずに、個々人がより主体的に情報に向き合う姿勢が芽生えつつあることも事実のようです。
もともと「界隈」という言葉は「あたり」や「その周辺」を意味していましたが、SNSにおける「○○界隈」とは、複数の趣味や関心、行動パターンを共有しながら緩やかな繋がりを持つ人々のグループを指すようになりました。例えば、かつて流行したビジネスサロンコミュニティとは異なり、特定のインフルエンサーやコンテンツを絶対的に支持するのではなく、個人を主体とした、いつでも繋がったり離れたりできる自由な集団を意味します。様々なコミュニティの意見や情報を併用することでインプットの偏りを防ぎ、客観的に物事を捉えることができるとされます。ここでは“何”が正しく間違っているのか、という明白な白・黒ではなく、自分が納得できるかどうかという、自分基準の評価軸に移行している点が特徴であり、これは兵庫県知事選挙にもみられた傾向です。
会社や組織から個人の時代、そして“界隈”の時代へと移り変わる中で、SNSやマスメディアにおいても“誰が”発信するか以上に、“何を”発信するかのコンテンツが重要視される時代が到来し、その中で、私たちがどのような“スタンス”や“ビジョン”を持って発信し、情報を受け取り評価するのかが問われることになります。
当社が追及する企業インテリジェンスでは、クライアントの主体的な問題意識、課題意識が最重要のスタート地点となります。2024年の様々な出来事を歴史として振り返り、その反省(レビュー)を通じて混沌とした新しい時代に向き合っていく、これはビジネスにおいても活かせる温故知新の知恵といえましょう。