はじめに
去る2025年1⽉20⽇に発⾜した第2次トランプ⽶政権(トランプ2.0)は、発⾜当初からトランプ⼤統領が内政・外政に関する⼤胆な⼤統領令を複数出しているほか、物議をかもす発⾔を繰り返し、⽶国の内外に⼤きな波紋を呼んでいる。
トランプ⼤統領については、その「予測不可能」な⾔動がつとに指摘されている。従来の政治的慣習やプロトコルに頓着せず、また既存の外交・経済政策の枠組みを超えた⼤胆な決定を⾏うなど、既定路線からの⼤幅な逸脱という意味では、「予測不可能」という形容詞はあながち外れてはいない。とはいえ、トランプ⼤統領が⼀時の思い付きや直観だけで、荒唐無稽な施策を無計画に展開していると判断するのはやや早計といえる。
本稿では、あくまで現時点での⾒⽴てという限定付きではあるものの、トランプ2.0が今後、展開するであろう⼀連の施策に通底するいくつかの「思考の補助線」を浮き彫りにすることにより、その⽅向性に⼀定の「予測可能性」を与えた上で、我が国企業として、トランプ2.0時代のグローバル経済の中で、いかに舵取りしていくべきかについての若⼲の指針を提⽰してみたい(⽂中敬称略)。
1.トランプ⼤統領の政治スタイル――「オーバートンの窓」を動かす
4年のインターバルを経てホワイトハウスに舞い戻ったトランプ⼤統領は、第1次政権(トランプ1.0)で展開した政策との連続性を⼀定程度保ちながらも、より理念的、体系的な政策を推し進めつつある、というのが筆者の現時点での⾒⽴てである。ただ、そうした政策を推し進める際に、トランプ⼤統領が駆使する政治スタイルは独特のもので、⾯⾷らう向きがいても不⾃然ではない。
⼀般的に、政治家は、その信念に基づき⾃由⾃在に政策を打ち出しているようにみえるが、実際には、その時代時代において社会的に許容される範囲内で、実現可能な政策を限定的に選択していることがほとんどである。この、特定の時点で社会的に受け⼊れられる政策の範囲を⽰す概念を「オーバートンの窓(The Overton Window)」という。例えば、江⼾時代と現代では「窓」は⼤きく異なるので、いくら有⼒な政治家が「江⼾は素晴らしかった」と考えたとしても、突然、幕藩体制や⼠農⼯商を復活させることなどできないし、やろうとしても誰も相⼿をしないだろう。ともあれ、この「窓」は、時間とともに変動し、政治的、社会的、⽂化的な要因によって影響を受けるが、個⼈が動かすことはほとんどない。したがって、ほとんどの政治家は、この「窓」を所与のものとして扱う。
ところが、すぐれて影響⼒のあるカリスマ的な⼈物は、ときにこの「オーバートンの窓」を⾃ら動かしてしまうことがある。例えば、それまで不可能と思われた⽶国での⼈種差別の撤廃を実現したマーティン・ルーサー・キングや、極端な反ユダヤ主義の政策を実現したアドルフ・ヒトラーは、「オーバートンの窓」を⾃ら動かした事例とされる。
トランプ⼤統領は、この「オーバートンの窓」を動かす名⼈といえる。ウクライナ軍事⽀援の打ち切りやグリーンランド取得、ガザ地区の所有と再開発などといったトランプの施策や提案は、いかにも従来の感覚からすれば「⾮常識」であるが、これまで誰も⼝に出さなかったことを⼝に出したという事実⾃体が、実は「オーバートンの窓」を変容させる効果を持つ。こうした⾔動により「⼭を動かす」可能性がゼロからゼロ以上になるというイメージである。
2.トランプ⼤統領の世界戦略
このような「⾮常識」なアイデアを次々と世に打ち出すトランプ⼤統領であるが、こうしたアイデアの背景には、そもそも理念や体系というものはあるのだろうか。あるとすれば、それはいったいどういったものなのだろうか。結論を先取りすれば、トランプ⼤統領の展開する内政・外政に関するさまざまな施策には、特定の世界戦略に基づく⾸尾⼀貫した「思考の補助線」があると考えられる。以下では、その輪郭を浮き彫りにしてみることにしたい。
■「常識」への回帰
まず、⼤前提として、トランプ⼤統領の外交政策は、「⾃由」「主権」「独⽴」の3つの価値を最重要視している様⼦がうかがえる。その上で同⼤統領は、⽶国の置かれた現状について、バイデン前政権による各種施策により、「不⾃由」(過度な政府による規制に縛られ、政治的にも経済的にも国⺠の⾃由が損なわれている)、「主権が損なわれている」(過度な国際協調主義により⾃国の主体的な⾏動が束縛されている)、「独⽴していない」(他国への経済的依存が常態化している)の三重苦を抱えていると捉えており、したがって、その現状からの脱却が「常識(common sense)」であると考えているふしがある。「トランプ2.0」が唱える「常識による⾰命(revolution of common sense)」の根底には、この基本的国家観があると考えるとわかりやすい。
■「モンロー主義2.0」
1823年、⽶国第5代⼤統領のジェームズ・モンローは、のちに「モンロー・ドクトリン」と呼ばれる演説を⾏い、欧州諸国が「⻄半球」(南北アメリカ)に⼲渉しないのと同時に、⽶国も欧州には⼲渉しないという外交⽅針を⽰した。これが有名な「モンロー主義」である。もっとも、当時の⽶国は発展途上の「⼩国」であったので、この⽅針は⼤英帝国による⽔⾯下の了解を取り付ける形でかろうじて成⽴しえたとされるが、第1次世界⼤戦前後から⽶国の国際的地
位が急速に⾼まる中で、⽶国の主体的な外交上の選択肢として確⽴された経緯がある。この外交⽅針を「孤⽴主義」と呼ぶ向きもある(欧州からみれば「孤⽴」にみえる)が、むしろその本質は、「⻄半球における⽶国による主導権の確⽴」にあると捉える⽅が実態に即している。
⽶国と欧州の間の「複雑な同盟関係の回避(avoidance of entangling alliances)」という意味合いが強かった伝統的な「モンロー主義」を仮に「モンロー主義1.0」と呼ぶとすれば、現在、トランプ⼤統領が展開する⼀連の近隣外交については、「モンロー主義2.0」と呼ぶことができるかもしれない。
例えば「トランプ1.0」においても、トランプ⼤統領は、2018年9⽉の国連総会演説において、「ここ⻄半球で我々は、膨張主義的な外国勢⼒の侵攻から独⽴を維持することに尽⼒している。モンロー⼤統領以来、この半球や⾃国の問題に対する外国の⼲渉を拒否することが、我が国の正式な⽅針である」と述べている。この⽂脈では、「⻄半球」から排除すべき対象として想定されているのは欧州ではなく、中国であることは想像に難くない。これまで、共和党、⺠主党問わず、⽶国の歴代政権は、イラクしかり、ウクライナしかり、地理的に離れた「東半球」の問題に関与し、⽶国の莫⼤な外交資源を注ぎ込んできた中で、肝⼼の「⻄半球」では国境を接するカナダやメキシコ、あるいは南
⽶諸国は、いつのまにか中国の拡⼤する経済的あるいは軍事的な影響下に置かれつつある。この現状の引き締めにかかっているのが「トランプ2.0」で、その⽬指すところが「⻄半球における⽶国による主導権の確⽴」という整理になる。
北に⽬を向ければ、北極海では、航路や海底資源をめぐって中国やロシアの拡張主義が顕著である。カナダやグリーンランドはこの点、⽶国にとって重要な戦略的意味合いを持つ。近時、トランプ⼤統領がカナダに対して⽰している強硬な姿勢は、この地域における⽶国を中⼼とした勢⼒圏確⽴に向けた結束を促すジェスチャーと捉えれば整理しやすい(カナダに向けた⾼関税は、⼀義的には貿易摩擦の解消が⽬的とされるが、その純粋経済的効果よりは、外交交渉を有利に運ぶための⼿段的価値の⽅に⼒点が置かれていると判断される)。いうまでもなく、デンマークに対するグリーンランド取得の再提案も同じ⽂脈に乗る。
南に⽬を向ければ、メキシコは、中国による対⽶貿易の中継点となっており、電気⾃動⾞(EV)や半導体などの戦略的産業品の⽶国流⼊が顕著である。またペルーの中部チャンカイでは、2024年末に中国が建設を主導した⼤型港が開港し、リチウムや鉄鉱⽯、銅などの戦略資源を中国が独占的に確保する可能性に加えて、中国海軍による同港の軍事的利⽤が危惧されている。トランプ政権は、⾼関税などの⾮軍事的⼿段を駆使してこうした動きに⻭⽌めをかけようとするはずである。そうした中、トランプ新政権がメキシコ湾をアメリカ湾と呼び変えたり、パナマ運河の管理権を取り戻そうとしたりするのも、その背景に「⻄半球における⽶国による主導権の確⽴」という同政権の⾼次の戦略的思惑があるとみれば、その是⾮はともかく、⾃然な動きと考えられる。
■海洋系地政学と⼤陸系地政学の合わせ技
⼀般的に、ある国家がその⽬的を達成するために統⼀的かつ総合的に運⽤する戦略のことを⼤戦略(Grand strategy)と呼ぶ。⼤戦略には⼤⽬標が必然的に伴うわけだが、「トランプ2.0」の⼤戦略における⼤⽬標は、端的に「⽶国のグローバルな地政学的優位性の維持、および中国を筆頭とする新興勢⼒のさらなる台頭の抑制」にあると整理できる。これが、トランプ⼤統領の語る「MAGA(Make America Great Again)」の対外戦略における意味合いであると解釈できる。
このように理解した場合、「トランプ2.0」の⼤戦略の背景には、伝統的な「海洋系地政学」と「⼤陸系地政学」という2つの系譜の地政学の要素が重なってみえてくる。以下ではその理論的な概要を整理した上で、実際に「トランプ2.0」が展開する対外政策の地政学的な意味づけを⾏ってみたい。
・海洋系地政学
海洋系地政学を考えるにあたり避けては通れない2⼈の理論家がいる。1⼈はオックスフォード⼤学教授のハルフォード・マッキンダー(1861-1947)で、もう1⼈はエール⼤学教授のニコラス・スパイクマン(1893-1943)である。端的にいえば、マッキンダーは「陸の⽀配が世界を制する」と考えたのに対し、スパイクマンは「海に接した沿岸部こそが世界の覇権を決める」と主張した。
≪マッキンダーの「ハートランド理論」―陸を⽀配する者が世界を制す≫
マッキンダーは、19世紀までの世界では、イギリスのような「海洋国家(シーパワー)」が海軍⼒を駆使し、貿易と植⺠地経営で世界の覇権を握っていたが、20世紀に⼊り、鉄道の発展によって「陸の⼤国(ランドパワー)」の戦略的重要性が増したと考えた。ここに「これからの時代、陸を制する国こそが世界を⽀配する」というマッキンダーの基本的な前提が成⽴する。その上で、彼は世界を以下のとおり3つに分類した。
世界島(World Island):ユーラシア⼤陸とアフリカを含む陸塊。⼈類の⽂明の中⼼地。
ハートランド(Heartland):ユーラシアの中央部(東欧〜シベリア⻄部)。
周辺の島々(Outer Crescent):⽶国、イギリス、⽇本など。海洋国家の拠点。
マッキンダーは「広⼤な⼟地と資源を持ち、⻑期戦にも耐えられる」「⼭脈や氷原に囲まれており、海からの侵攻が難しい」「鉄道の発展によって、陸軍を素早く移動させることが可能になった」などの理由により、「ハートランドを⽀配する国が、最終的に世界を制する」と結論し、そこから「東欧を⽀配する者がハートランドを制し、ハートランドを⽀配する者が世界島を制し、世界島を制する者が世界を制す」というテーゼを編み出した。
≪スパイクマンの「リムランド理論」――沿岸部を抑えろ≫
マッキンダーの「ハートランド理論」が発表されてから40年後、⽶国の地政学者ニコラス・スパイクマンは、新たな視点を提⽰した。スパイクマンは、「(マッキンダーのいう)ハートランドが重要なのは確かだが、それだけでは世界を⽀配できない」と考えた。実際に、経済や軍事の中⼼はハートランドではなく、ユーラシアの沿岸部(リムランド)にあったためである。
スパイクマンが「リムランド(Rimland)」と呼んだのは、「⻄ヨーロッパ(イギリス、フランス、ドイツなど)」、「中東(トルコ、イランなど)」、「南アジア(インドなど)」、「東アジア(中国沿岸部、⽇本、韓国など)」である。
スパイクマンは、リムランドについて、「⼈⼝が多く、経済の中⼼地である」「貿易の要衝であり、シーパワーが影響⼒を持ちやすい」「ハートランドと海洋国家の間に位置し、両者の影響を受けやすい」という理由から、「ハートランドを直接⽀配する必要はない。リムランドを抑えれば、ハートランドを封じ込めることができる」と考え、「リムランドを⽀配する者がユーラシアを制し、ユーラシアを制する者が世界の運命を決定する」というテーゼを編み出した。
マッキンダーのハートランド理論とスパイクマンのリムランド理論

実際のところ、第2次世界⼤戦後の⽶国の世界戦略の理論的基盤となっていたのが、このスパイクマンのテーゼである。⽶国は冷戦期にはリムランド諸国との同盟を強化し、具体的には、⻄ヨーロッパ(北⼤⻄洋条約機構:NATO)を⽀援しソ連の影響⼒を防ぎ、中東(中東条約機構:METO)を通じて⽯油供給を確保し、東アジア(⽇本、韓国など)に基地を置き、中国やソ連の拡張を阻⽌などといった⼀連の施策を講じ、東側世界の「封じ込め」を⾏った。
また、第2次世界⼤戦後に成⽴し、現在も我々が⾝を置いているグローバルな経済システムは、⽶ドルを基軸とする国際⾦融構造と⽶海軍による海上貿易ルートの⽀配に⼤きく依存してきたといえる。まず、1944年にブレトン・ウッズ体制が確⽴され、⽶ドルが基軸通貨としての地位を確⽴した。この体制では、各国通貨が⽶ドルに対して固定為替レートを維持し、⽶ドルは⾦と交換可能とされた。これにより、⽶ドルは国際貿易や⾦融取引の基準となり、⽶国の
国際的な経済的影響⼒が強化された。また、これと並⾏して、⽶国海軍は、第2次世界⼤戦後に世界の各海域に展開することで、主要な海上貿易ルートを⽀配し、国際貿易の安全と⾃由を確保した。これにより、⽶国は海上貿易を通じて経済的利益を享受するとともに、国際の経済活動を監視・制御する能⼒を持つに⾄った。
このようにスパイクマンにおいて体系化された海洋系地政学は、現実の⽶国の世界戦略の理論的基盤となってきたわけである。その結果、⽶国は、国際⾦融と海上貿易の両⾯での世界的な覇権を通じて、グローバル経済における優位性を確保してきたとともに、その制度的インフラを国際公共財として国際社会に提供してきたこととなる。
・⼤陸系地政学
⼤陸系地政学を考える際、必ず登場するのがドイツのカール・ハウスホーファー(1869-1946)という⼈物である。カール・ハウスホーファーは、国家が⽣存し繁栄するためには、⼗分な領⼟と資源が必要であると主張し、そのための領域を⽣存圏(Lebensraum)と捉えた。この考えは、ナチス・ドイツの拡張政策に影響を与えたことから極めて悪名⾼いが、現在でも、勢⼒圏(Sphere of Infl uence)という発想で、国際関係の隠れた主題として⽣きながらえている。典型例はロシアであり、ロシアにとって、旧ソ連の構成国(もちろんウクライナもその1つである)は依然、⾃国の勢⼒圏に収まる存在として捉えられているふしがある。この発想は、勢⼒圏の内部に位置する個々の国家の主権をあからさまに蔑ろにするなど、国際法との相性は極めて悪い。
ハウスホーファーの⼤陸系地政学では、世界は、以下の4つのパン・リージョン(Pan-Regions)に切り分けられるとされる。それぞれのパン・リージョンには主導的な⼤国が想定されている。
汎ユーラフリカ(Pan-Eurafrica):ヨーロッパとアフリカを含む地域で、ドイツが主導する。
汎ロシア(Pan-Russia):中央アジアを含む地域で、ソビエト連邦(当時)が主導する。
汎アジア(Pan-Asia):東アジアを含む地域で、⼤⽇本帝国(当時)が主導する。
汎アメリカ(Pan-America):南北アメリカを含む地域で、アメリカ合衆国が主導する。

さらに、このハウスホーファー流の⼤陸系地政学においては、国家または地域が外部からの影響を最⼩限に抑え、⾃給⾃⾜を⽬指す状態を指す「アウタルキー」が重視される。これは、国家が⾷料、エネルギー、資源などを⾃国内で調達し、外部への依存を減らすことを意味し、これにより、国際的な情勢変動や貿易上の制約から受ける影響を最⼩限に抑えることを⽬指すも
のである。
・「トランプ2.0」の地政学
上記のとおり、「トランプ2.0」が考える⽶国の戦略的⼤⽬標は、「⽶国のグローバルな地政学的優位性の維持、および中国を筆頭とする新興勢⼒のさらなる台頭の抑制」と整理されるが、この⽬標と上記のスパイクマンの展開した海洋系地政学が密接に関連することはいうまでもない。トランプ新政権は、まずは伝統的な⽶国の世界戦略を継承する形で、引き続き、基軸通貨としてのドルと海軍の世界的展開を通じたシーパワーとしての海上貿易ルートの安定化を
図ろうとするだろう。
ただし、トランプ新政権においては、⼀⽅で、地政学のもう1つの系譜に連なる⼤陸系地政学の発想も併せ持っている様⼦がうかがえる。まず、上記の⼤陸系地政学の理論で展開された4つのパン・リージョンのうち「汎アメリカ」が、既述の「モンロー主義」と親和性があることが注⽬される。そして、さらにその延⻑線上で、「トランプ2.0」が、こうした世界をいくつかの「影響圏」に切り分ける発想に⽴っていると考えれば、現在、同政権が展開する対外政策の多くが説明づけられることになる。
例えば、トランプ政権は、ロシア・ウクライナ紛争の停戦に前向きな姿勢を⽰す中、⼀⽅の当事国であるウクライナや欧州諸国を脇に置く形で、ロシアとの直接交渉を提案し、またウクライナのNATO加盟に対しても否定的な⽴場を⽰している。当然ながら、この動きはウクライナ政府からの強い反発を招き、欧州諸国との関係にも影響を与えている。この場合、トランプ政権が志向しているのは、単なる⽶国(トランプ)とロシア(プーチン)の「蜜⽉」ではなく、海洋系地政学でいうハートランドにおける中国とロシアの「結合の阻⽌」である。トランプ政権は中ロの間にくさびを打ち込むことで、ユーラシア⼤陸を⽀配する単⼀の権⼒の統合を防ぐことを⽬指していると考えられ、その際、ユーラシアを⼤陸系地政学における「汎ロシア」と「汎アジア」に切り分ける発想が鮮明である。⽶国は、ロシアと中国に同時に敵対する⼆正⾯作戦を取ることはなんとしても避けたいことから、「汎ロシア」の問題には直接関与せずに、⼀刻も早く「汎アジア」における主導国たる中国のさらなる台頭への対処に注⼒したい考えにあると思われる。トランプ⼤統領のプーチン・ロシアへの「接近」は、その⽂脈における、ある種の「理性の結婚(mariage de raison)」という側⾯が強い。
以上を総合すると、「トランプ2.0」の世界戦略は、第1に「⻄半球における⽶国による主導権の確⽴」に主眼が置かれ、第2に、伝統的な⽶国の世界戦略に⽴脚した「⽶国のグローバルな地政学的優位性の維持および中国を筆頭とする新興勢⼒のさらなる台頭の抑制」を継続させることが前提となる。そして、第3に、そのためには⽶国の外交的資源を選択的に配分する必要があることから、世界の⼤陸系地政学の伝統に基づき4つの影響圏に分けることで、そのうち
「汎アメリカ」と「汎アジア」に優先的に関与する、という3段構えのアプローチが想定されると解釈される。
このように、現在、「トランプ2.0」が展開する「⾮常識」とも思える⼀連の対外政策は、⽶国が志向する「新たなグローバル秩序の構造的利益を埋め込むための広範な戦略の⼀部」として理解する必要がある。
3.「トランプ2.0」をめぐる企業インテリジェンス
以上のようにトランプ新政権が繰り広げる数々の「⾮常識」な施策については、その背景に、マクロの地政学的状況を踏まえた同政権なりの独⾃の世界戦略があると捉えることで、⼀定の⼀貫性と合理性をくみ取ることができる。ただし、そうした同政権の施策は、従来の数々の「当たり前」に真っ向から挑戦する⾯があることから、世界各国の政府や個々の企業として少なからず⼾惑うことは無理もない。しかしながら、「オーバートンの窓」を動かす⼒量とノウ
ハウを持ち備えた「トランプ2.0」は当⾯、そのマクロの時代認識に基づき、「⾮常識」な施策を打ち出し続けると想定した⽅がよい。
企業としては、この状況を、⾃社を取り巻く外部環境の「ニューノーマル」として認識し、的確な攻めと守りの対応を⼼がける必要があるわけだが、そのために必要となるのが「企業インテリジェンス」である。「企業インテリジェンス」とは、国家安全保障などを⽬的として政府レベルで展開される公的セクター・インテリジェンスに対⽐される、⺠間セクター・インテリジェンスの⼀種であり、企業のリスク低減と機会の最⼤化や企業の価値向上に向けた情報収
集・整理・分析のプロセスを指す。
例えば、「トランプ2.0」をめぐる企業インテリジェンスとは、本項で分析したようなマクロな⽶国の世界戦略に関する理解をスタート地点として、そこからさらに個社にとって無視できない政治・軍事的事象を特定し、それがいかなる位相のリスクあるいは機会として現象化するのかを精査し、さらにそれを具体的な経営上・事業運営上の実務的課題に落とし込み、適切な対策を講じるという「ブレイクダウン」の作業を意味する。以下では、その「さわり」として、さしあたり3つの事例を考えてみたい。
【事例1】「トランプ2.0」の考える「合理性」
「トランプ2.0」が展開するさまざまな内政・外政の施策は、同政権が前提とする独⾃の国家観やマクロの地政学的な世界戦略から演繹的に導かれたものと理解されうるが、従来の内政、外政上の「常識」との整合性にはさほど頓着せず⼤胆に提⽰されるため、⼤⽅の意表を突いたものとなる。しかし上記のとおり、これらの施策は同政権にとっては⼀貫性と合理性を備えたものと認識されている。ただし、注意を要するのは、ここでいう「合理性」が、必ずしも経済合理性を意味せず、むしろ「地政学的合理性」を意味しているということである。
例えば、トランプ政権の駆使する⾼関税政策は、経済政策というよりは、⾃国の地政学的優位性を確保するための外交政策(外交交渉のツール)としての意味合いが強い。周知のとおり、トランプ政権は「1.0」においても、中国からの輸⼊品に対して⾼関税を課すことで、中国に対する貿易⾚字の是正や知的財産権の保護を求める交渉材料とした。また現在、同政権はメキシコに対しても不法移⺠問題の解決を迫るために関税を利⽤し、メキシコ政府に対して移⺠対策の強化を求めたりもしている。さらに、トランプ政権は⽇本や欧州連合(EU)に対しても関税をちらつかせることで、防衛費の増額や貿易不均衡の是正を求める姿勢もうかがえる。
したがって、トランプ政権は今後も、経済学的には明⽩に「⾮常識」であると判断される施策であっても、「地政学的に合理的」と判断される場合には、躊躇なく採⽤する可能性が⾼い。ここでの重要なポイントは、「トランプ2.0」において、同政権が⾃国の地政学的な優位性を確保するために取る⼿段は、軍事的⼿段ではなく、経済的⼿段となる公算が⼤きいということである。これは外交論的には、⽶国が今後、世界各地の軍事紛争への直接介⼊には消極的な姿
勢を⽰すことを⽰唆する。⼀⽅、企業インテリジェンスの観点からは、⽶国は今後、何らかの「政治的」な懸案を抱える国家との関係においては、⾼確率で、「経済的」な⼿段を⽤いた圧迫や交渉の要求を⾏うことが予想される。それゆえ、個社として、その海外事業先については、その国と⽶国との「政治的」な懸案事項の推移を常時ウォッチしておく必要がある、と理解される。
【事例2】「トランプ2.0」の施策に対する「制度の縛り」
トランプ⼤統領は2025年2⽉10⽇、海外腐敗⾏為防⽌法(FCPA)の執⾏を⼀時停⽌する⼤統領令に署名した。この⼤統領令は、⽶国司法省(DOJ)のパメラ・ボンディ⻑官に対し、FCPAの新たな捜査および執⾏措置を180⽇間停⽌するよう指⽰するものである。この⽅針変更の理由としては、トランプ⼤統領が「⽶国の利益、他国との⽐較における⽶国の経済競争⼒、および連邦法執⾏機関の効率的な利⽤を優先する」ことを挙げている。トランプ⼤統領は以前
からFCPAに対して批判的な⽴場を取っており、企業の競争⼒を損なうと考えていた。
このような背景から、DOJのFCPA執⾏の優先順位が下がったことにより、⼀部の⼈々は賄賂が合法化されたかのように誤解し、コンプライアンスプログラムが不要になると考えた向きもあるという。しかし、FCPAは依然として有効な法律であり、⽶国証券取引委員会(SEC)もFCPAを執⾏しているため、5年間の時効期間内であればいつでも起訴が可能である。そしていうまでもなく、他の国々も同様の法律を持ち、⽶国企業に対して執⾏する可能性があるため、
コンプライアンスプログラムは依然として重要であることに変わりがない。国際的な視点では、多くの国が賄賂を違法とし、厳しい罰則を科している。また、ISO 37001などの国際基準に基づくコンプライアンスプログラムの認証も無視できない。
この事例は、トランプ⼤統領の打ち出す「象徴的」な施策が、実のところ、既存の法制度の枠で⼀定以上縛られていることから、その効果は意外に限定的となるという好例である。したがって、「トランプ2.0」が今後繰り広げるであろうさまざまな施策について、その表⾯的な解釈に留まらず、その施策を⽀える制度のインプリケーションについても的確に把握することが肝要である。と同時に、「トランプ2.0」の施策の内容如何にかかわらず、⽶国以外の主要な
アクター、例えば、EUなどが制度化している既存の法規制などは依然有効であり、かつグローバルな規範⼒を持ち続けていることも忘れるべきではない。
【事例3】「トランプ2.0」の「脱・脱炭素」について
・トランプ⼤統領にとって「脱炭素」は欧州のエコノミック・ステイトクラフト
トランプ⼤統領は、世界的な「脱炭素」の⾵潮を欧州の展開する「エコノミック・ステイトクラフト」の影響とみなしている可能性が⾼い。「トランプ1.0」でも、気候変動政策は「欧州の経済戦略」であり、⽶国の競争⼒を削ぐ意図があると受け⽌めていたふしがある。その延⻑で、「トランプ2.0」では、脱炭素政策を欧州による「経済的覇権をめぐる戦略ツール」として捉え、そうした欧州の「策略」に対抗するため、⽶国の強みである化⽯燃料重視のエネルギ
ー政策を推進する可能性が⾼い。
・トランプ⼤統領にとって「脱炭素」は⽶国の主権を侵害する「⾏き過ぎた国際協調主義」の典型
トランプ⼤統領は、⽂脈は何であれ、⾃国の主体的な意思決定や政策履⾏を妨げる、多国間による取り決めを⾃国の「主権侵害」と捉えている可能性が⾼い。そうした中、パリ協定は、「脱炭素」という⽂脈での多国間の取り決めの典型であり、そうした取り決めは、⽶国の「⾃由と独⽴」を政治的にも経済的にも損なう「⾏き過ぎた国際協調主義」の典型として、脱退を決定した側⾯がある。この発想は、今般の世界保健機関(WHO)脱退にも通底する。
上記の⽰唆することは、実はトランプ⼤統領は、「脱炭素」そのものを必ずしも「⽬の敵」にはしておらず、むしろ「脱炭素」の取り組みが⽣み出す「副作⽤」(⽶国にとっての不利)を問題視しているということである。つまり、トランプ2.0は、「脱炭素」への取り組みをわざわざ「積極的」に禁⽌することはせず、⽶国の国益にかなう形で環境と経済のバランスを取ることを主眼としていると考えられる。
例えば、トランプ⼤統領が就任初⽇に署名した⼤統領令「国際環境協定で⽶国を第⼀に考える」では、⽶国が経済成⻑と雇⽤維持を優先しつつも、環境保護のための国際的なリーダーシップを発揮するとの⽬標を掲げており、⽶国への不公平な負担を強いる国際協定は拒否するものの、⽶国としての主体的な「環境保護」への関与の可能性は排除していない。こうした姿勢から類推すれば、例えば、インフレ抑制法(IRA)を通じた各種の補助⾦は、「脱炭素」の
要素よりは、経済成⻑や雇⽤創出の効果に主眼を置いた評価がなされることが予想され、補助⾦の対象となる事業セクターごとに異なる扱いになる可能性が⾼い(このうち、EV関連については⼤幅な削減も考えられる)。
上記は、あくまで「トランプ2.0」をめぐる企業インテリジェンスの⼀端にすぎないが、こうしたマクロからミクロにブレイクダウンしていく⼀連の作業を通じて肝となるのが「地政学リテラシー」である。地政学リスクには、ある地政学的事象とそれが企業に与える影響との因果関係が⼀義的に定まらないという固有の事情があることから、その因果関係を的確に把握するための「リテラシー/思考の補助線」が必要となる。個々の政治・軍事的事象について、その歴史的・思想的背景や、⼀次的、⼆次的な波及効果などにも⽬を配りつつ分析した上で、それが企業の経営上、事業運営上の具体的課題にどう結び付くのかを把握するもので、今⽇の企業が備えるべき不可⽋なインテリジェンスといえる。
※本記事は、三菱UFJ銀行『MUFG Biz Buddy』に寄稿した内容を元に再編集したものです
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