概要

米国通商代表部は2026年3月、「2026年版 外国貿易障壁報告書」を公表し、米国企業が直面する諸外国の貿易障壁を特定・分析した。特筆すべきは、「他国で厳格化が進むサプライチェーン上の強制労働排除に関する法規制(輸入禁止措置)が、日本国内において未だ整備されていない」と指摘した点であろう。今後、日本では政府による制度設計の議論が進むとみられる。企業としても自社の調達や製造の流れを今一度点検し、段階的に対策を進めレジリエンスを高めていくことが、自社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上につながっていくものと思われる。

はじめに

米国通商代表部(USTR)は、2026年3月31日に「2026年版 外国貿易障壁報告書(National Trade Estimate Report on Foreign Trade Barriers)」を公表した。本報告書は、米国企業や投資家が直面している諸外国の貿易障壁を特定・分析する年次報告書であり、米国の通商政策決定における重要な指針となるものである。特筆すべきは、今回の報告書において、米国側が日本について、「他国で厳格化が進むサプライチェーン上の強制労働排除に関する法規制(輸入禁止措置)が、日本国内において未だ整備されていない」と指摘した点であろう。

近年、人権尊重と経済安全保障の一体化は国際社会の潮流となりつつある。米国をはじめ、カナダ、メキシコ、そして欧州連合(EU)に至る主要先進国・関連経済圏では、強制労働によって製造された産品の輸入を包括的、あるいは特定の地域を対象として禁止する法規制が設けられつつある。このような状況下で、日本は依然として強制労働由来製品の輸入禁止に関する法規制が整備されていないが、国際基準との整合性をどう確保していくか、対応が問われている。

主要国・地域における強制労働排除に関する法制化の現状

国際社会における「ビジネスと人権」に関する法制化のスピードは、ここ数年で加速している。北米自由貿易協定(NAFTA)の後継である「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」の枠組みを中心に、主要国・地域で以下のような法規制が敷かれている。

出所:米国労働省(DOL: United States Department of Labor)、メキシコ労働社会保障省(STPS:Secretaría del Trabajo y Previsión Social)、カナダ公共安全省(Public Safety Canada)、欧州委員会(European Commission)公式ホームページ、経済産業省公式ホームページより

USTRが日本を指摘した背景

日本において、強制労働産品を差し止める法律が存在しないことに対し、USTRが指摘したのには以下のような背景が考えられる。

①不均衡な競争環境

米国では、「ウイグル強制労働防止法」(UFLPA)の施行により、強制労働に関与した可能性のある製品の輸入を厳格に制限する取り組みが進んでいる。原材料調達から最終製品に至るまでの工程を把握し(トレーサビリティの確保)、強制労働との関与がないことを確認するための監査を行ったり、必要に応じて調達先の見直しを進めたりするケースもある。だが、日本に同様の法規制が存在しない場合、国際的な人権基準を満たしていない可能性のある製品が、十分なチェックを経ずに流通する可能性がある。そのため、強制労働対策に伴う企業負担の差が国際市場における競争条件の不均衡につながり得るという問題意識が、米国側が指摘した背景の一つとして考えられる。

②サプライチェーン・ロンダリングへの警戒

米国税関・国境警備局(CBP)によって輸入を差し止められた、あるいは厳格なスクリーニングによって米国への持ち込みが不可能と判断された強制労働産品(綿製品、太陽光パネル、電子部品、食品など)が、規制の緩い国・地域に流入し、消費されるリスク(いわゆるサプライチェーンのロンダリング)が指摘されている。日本が国際的な人権規制の枠組みにおいて、相対的に規制が十分でない国(人権規制網の抜け穴)として認識される場合、欧米諸国が進める人権侵害抑止の効果を低下させる可能性がある。

③通商リスクの高まり

米国は主要7カ国(G7)などの国際的枠組みでの議論に加え、通商政策も活用しつつ、人権尊重や強制労働対策の強化を各国に求めており、日本もその議論の対象となってきた。しかし、日本側の対応はガイドライン策定など自主的取り組みの推奨にとどまっており、法制化には至っていない。このため、米国が今後の通商政策の中で人権問題をより重視する可能性が指摘されており、日本企業にも影響が及ぶ可能性がある。

日本の対応と人権意識の課題

数年前にウイグル綿をはじめとする強制労働問題が国際的に注目された際、日本政府は欧米諸国のような制裁措置の導入には慎重な姿勢を維持した。また、一部の日本企業も、売上や調達への影響を懸念し、人権侵害の有無について明確な説明を避けたとの指摘もある。こうした対応が欧米のメディアやNGO(非政府組織)からの批判の的となり、日本の人権対応の遅れが国際的な懸念材料となっている。その背景には、対中関係への配慮や中国市場・サプライチェーンへの依存、そして企業の自主性を重んじる政策文化など、日本特有の事情もあったとされる

当面の進展予測

「通商法301条」は、米国が不公正な貿易慣行を問題視した場合に発動され得る法権限であることから、今後の動向が注目されている。また、仮に調査が開始されれば日米間の協議や日本国内での対応が求められる可能性があり、今後、日米間及び日本国内でもさまざまな議論が行われることが予想される。

①日米間で想定される協議と対応要求の可能性

今後、米国政府が日本政府に対し、強制労働産品の取り扱いに関する具体的な対応方針やスケジュールの提示を求めてくる可能性がある。通商協議や閣僚級の対話の場では、米国側が日本の取り組みの遅れを指摘し、改善を促す場面も想定される。日本としては、国際的な人権基準との整合性を確保しつつ、外交的・経済的な影響を最小限に抑えるための慎重な対応が求められよう。

②日本国内における「法整備」の可能性

日本政府としても、主要な輸出先である米国から追加関税などの制裁措置を受ける事態は避けたいところだが、そのためにも、これまでの「ガイドライン中心」の対応に加え、より実効性のある制度の検討が必要になるであろう。外為法(外国為替及び外国貿易法)の運用見直しや経済安全保障推進法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律)の拡充、また強制労働産品の輸入規制に関する新たな法制度の確立の可能性など、複数の選択肢が議論の対象となり得る。こうした流れの中で、日本企業はサプライチェーン全体にわたる人権デューディリジェンスの強化を求められる可能性が高い。Tier1にとどまらず、Tier2、Tier3、さらには原材料の採取まで遡った追跡や監査が求められることも想定され、企業の対応負担は今後さらに増していく可能性がある。

③対策が不十分であった場合の制裁発動リスク

日本政府が強制労働対策の法制化に慎重な姿勢を続けたり、仮に導入した場合でも十分な実効性を持たないと米国側が受け止めたりした場合、米国が制裁措置を検討する可能性もある。米国は通商法301条などを通じて追加関税を発動できる権限を持っており、仮に日本の対応が不十分と判断されれば、自動車、電子部品、工作機械など主要輸出品が対象となるリスクも否定できない。こうした措置が実際に取られれば、日本経済に大きな影響を及ぼす可能性がある。

終わりに

今回のUSTRによる対日指摘を受け、欧米などの主要市場が法的な強制力を伴う規制へと舵を切り、世界的な経済活動において「人権の尊重」が共通ルールになりつつある中、日本がこれまでの仕組みをどのように国際水準へ適応させていくかは、外交上の問題にとどまらず、今後、グローバルな舞台で信頼を獲得しながら経済活動を続けるための重要な鍵となろう。また、日本の経済基盤を守りつつ、諸外国との協調体制をどのように維持していくか、そのバランスを取った対応が求められよう。国や企業にとって、こうした国際的なルールの変化に先手を打って対応することは、輸出制限や関税引き上げといったリスクを避けるために重要である。同時に、ただ外部からの要求に対応するのではなく、サプライチェーン全体の透明性を高めることで、自社の製品やサービスの国際的な価値を高める前向きな機会として捉えることもできる。

今後、政府による実効性のある制度設計への議論が進んでいくと見込まれる中、企業としても自社の調達や製造の流れを今一度点検し、まずはできるところから段階的に対策を進めてレジリエンスを高めていくことが、自社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上につながっていくものと思われる。

この記事は、2026年5月にMUFG会員向けサイトBizBuddyに掲載されたレポートの転載です

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